この国の禁忌⑥
リリアンヌ視点
「はぁ…?何がいいものか!」
「また精霊祭の日にな」
レックスはロデオを無視し、ひらひらと手を振ってエドガーと出ていった。
「…リリアンヌ殿下、申し訳ありませんでした」
扉が閉まると同時に、ルイージがさっと謝った。
「…?なぜルイージ宰相が謝るのでしょうか?」
「前回に続き…また尋問のようなことをさせてしまった」
「前回…あ、授与式の後のお話ですか?」
「なんだ、それは。聞いていないぞ」
「おい、ロデオ。お前はいい加減、仕事に行け」
ルイージは眉を寄せ、ロデオを睨みつけた。
「お前は、昨日も大聖堂へ行ったきり、城に戻ってこなかったな」
「私は一昨日、遠征から帰ってきたばかりだ。数日、家族との時間をくれてもいいだろう」
「はっ…その台詞を、十五年前のお前に聞かせてやりたいよ」
「残念だな。十五年前はもう、アヴェリーンと結婚していた」
ロデオは、ふんっと鼻で笑うと、ようやく腰を上げた。
「じゃあな、リリィ。帰りは、絶対に護衛と帰れよ」
「はい。お父様、また夜に屋敷でお会いしましょう」
「そうだな。また習いごとの話を聞かせてくれ」
最後にリリアンヌの額にキスをして、客間を後にした。
「…やっと静かになりましたね」
ルイージは小さく溜息をつくと、ソファの後ろから回り込んだ。
「まったく…あの二人が揃うと、本当に騒がしい…」
そのままレックスの座っていた場所に、どさりと腰掛けた。
「…あの、ルイージ宰相」
「なんでしょう」
「もしかして…ルイージ宰相は、陛下ともお父様とも仲が良いのですか?」
「…!」
ルイージは、はっと顔を上げた。
「お父様も…陛下とは普段、ああいうふうに会話しているのでしょうか」
リリアンヌは、困惑するように首を傾げた。
ロデオは、国王に反発する弟。
ルイージは、国王に従順な配下。
そしてレックスは、誰の言うことも聞かない絶対的な王。
スノウを見つけた時の玉座の間では、そういうふうに見えた。
けれど、この空間では――
ルイージは、国王のことも父のことも名前で呼んでいた。
それに父も、国王に対して一切敬語を使っていなかった。
言い合ってはいたけれど、怒鳴り合うようなことはなかった。
ただ、軽い口喧嘩をしているだけに見えた。
何より――父の態度を、レックス自身が気にしていなかった。
「仲が良いかと言われると…だいぶ語弊がありますが」
ルイージは、わずかに顔をしかめた。
「まあ…そうですね。古い付き合いですから、お互い、自然と口は悪くなります」
「付き合いが長いと、口が悪くなるのですか?」
「…そんな純粋な目を向けないでほしいな」
ルイージはモノクルを押し上げながら、口の中で呟いた。
「我々も、つい気を抜きました。申し訳ありません」
「…ですから、どうしてルイージ宰相が謝るのでしょうか」
「あなたを混乱させるようなことをしてしまったからですよ」
「……」
混乱…というよりは、驚いている。
「私たちは…それぞれが、それぞれの仮面を着けています」
そっとルイージが言葉を続けた。
「…仮面ですか?」
「ええ。それは決して、人前では外してはいけないものなのです」
「私の前も、人前に入るのですか?」
「…え?」
「ルイージ宰相とは、まだお付き合いが浅いですが…お父様も、陛下も、親族です」
リリアンヌは不思議そうに、さらに首を傾げた。
「どうして親族にも、仮面を着けなくてはいけないのでしょう」
ほんの少しずつ、ルイージは自分の前で気を許し始めてくれている。
そのことが、思いのほか嬉しい。
父は…最初からずっと、あのままだけれど。
もし、国王のあれが仮面だとするならば…
なぜ、私にまで本性を隠す必要があるのだろうか。
「…お互い様ではないでしょうか」
「…え」
「あなただって、小さな仮面を着けている。そして…それを外す気は、なさそうだ」
ルイージは、ふっと寂しそうな笑みを浮かべた。
「……」
リリアンヌは、そっと口を噤んだ。
「さて…邪魔が入りましたが、今日の授業を始めましょうか」
「あ…はい、お願いします」
はっと姿勢を正した。
「精霊祭には、王領外からも多くの人々がいらっしゃいます」
「はい。先ほど、陛下もおっしゃっていました」
「あなたが任されたランタン上げですが、大正門の上で、招かれた地方長官たちがそれを見守ります。あなたの叔父上、ダナン長官もいらっしゃいますよ」
「そうなのですね…!」
「それ以外にも、十ほどの地方長官が招待されているはずです。
今日は、招かれる地方長官たちの名と特徴を覚えていただきましょう」
ルイージは、切り替えるように膝を小さく叩いた。
「あなたの、初めての外交のお仕事です」
「う…はい」
外交の仕事――
その言葉が、ずしりと肩に圧しかかった。




