この国の禁忌⑤
リリアンヌ視点
レックスは組んでいた足を解き、ぎしっと身を乗り出した。
「まだ、霊拝師以外にちからを試す気にはなれないか」
「…協力を求めている方が、いらっしゃるのでしょうか」
リリアンヌは、そっと尋ねた。
「いないが、お前のそのちからがあれば、変えられることは山ほどある」
「でも…まだ――」
「もう、半年近く経った。まだ使い方が分からないとは言わせねぇ」
「兄上…!いい加減にしてくれ」
ロデオが、さっと割って入った。
「リリィは、十分協力している…!昨日も大聖堂で力を貸してきたばかりだ!」
「なあ、何が違う」
レックスは、じっとリリアンヌに目を向けた。
「加護のちからの加減が分からないと言いながら、霊拝師には協力する。俺には、使い方が分からないから協力したくないと言う」
「……」
「異形の存在を押さえ込んだちからの話も、ルイージにしないままだ」
「レックス…!」
ルイージが、鋭く声を飛ばした。
「咄嗟に使ったものだから、まだ何なのか分からないと伝えただろう…!」
「お前はそうやって、分からないと言えば済むと思っている」
レックスは、まだリリアンヌから目を離さなかった。
「……」
リリアンヌは、ぎゅっと口を結んだ。
「何が不安なんだ」
「…え」
「加護のちからを使いすぎることが不安なら、大聖堂でも使わなければいい」
「で、ですから」
「違うな。お前は、それだけが不安なわけじゃねぇ」
「……」
どうして…分かるのだろう。
「お前はたった一回の討伐で、加護のちからが本物であることを示した」
レックスは、返事を待たず言葉を続けた。
「…それは」
違う――
それは、加護のちからではない。
「お前は、俺に異形の存在と精霊は違うものだと証明してみせた」
「……」
それも――
「リリアンヌ。お前は、何を心配している」
「…っ」
そんなの、決まっている。
「…もう少し、待っていただけますか」
気付けば、言葉が口を衝いていた。
「あ?」
「協力は、します。ですが、少し時間をください」
「……」
レックスは人差し指を膝に当て、とん、とんと叩いた。
「……」
リリアンヌは見つめ返したまま、膝の上で拳を握った。
何を心配しているかなんて――
“デューゼの森の悪夢”が起こるかもしれないことに、決まっている。
だけど、その話は絶対にできない。
すべてを伝えたところで、一蹴されるだけだ。
あなたは死にますなんて、
少なくとも、この場にいる三人は命を落とします――だなんて。
そんな話を、誰が信じてくれると言うのか。
「…いいだろう」
レックスは、膝を叩く指を止めた。
「その代わり、違う形で協力してもらう」
「…違う形?」
リリアンヌは、小さく首を傾げた。
「来月行われる精霊祭で、また大正門の上に立て」
「えっ」
「これ以上、何をさせる気だ!」
すかさずロデオが口を挟んだ。
「これから説明するんだよ」
レックスが煩わしそうに眉を寄せた。
「大正門で、ランタンを上げろ」
「…え?」
たった、それだけ?
「それは、兄上の仕事だろう」
「精霊祭は、精霊と死者のためのものだ。俺より、こいつの方が適任だ」
レックスはロデオに答えながら、リリアンヌを指さした。
「ええと…ランタンを上げて、どうするのですか?」
ランタンが死者の魂代わりということは、聞いているけれど。
「そうだな、ランタンを上げて精霊を飛び回らせでもしたら、劇的だが」
「精霊は、道具ではありません」
むっと、言い返した。
不敬と言われようが、そこだけは譲れない。
「だから、お前を使わせろ」
レックスは気にせず続けた。
「精霊の加護を持つ者として、民の前に出て顔を売れ」
「…?それで何か意味があるのですか?」
「大有りだ。国が盛り上がる」
「そ、そんな大きな話ですか?」
「精霊祭は、他領からも大勢来る。加護を持つ者が実在することを知らしめろ」
「兄上!リリィを何だと思ってるんだ…!」
ロデオはリリアンヌを庇うように、ぐいっと身を乗り出した。
「さっきから、うるせぇな。だから、こいつを使わせろと言ってんじゃねぇか」
「大聖堂の祈りも出させるうえに、大正門にも立たせるだと?兄上並みに働かせる気か!」
「あ?祭り当日に、こいつを大聖堂に行かせる気はねぇよ」
「そうなのですか?」
思わず、聞き返した。
「スワハマに恩を売る必要はない。お前は、民にだけ目を向けろ」
レックスは、平然と答えた。
「……」
国王が何を考えているのか、分からない。
いや…ある意味、分かりやすいのかもしれない。
城内の狭い世界だけを見るなと、前も言っていた。
「まあ、難しく考えるな。当日は、俺と一緒に大正門の上だ。分かったな」
「…はい」
「用は、それだけだ」
レックスが、ゆっくりと立ち上がった。
「兄上。当日は、私もついて行くからな」
「お前はその時間、城下町だろ」
「前回も、この子はたったひとりで大正門へ立った」
ロデオは、不満そうに眉を寄せた。
「それがどれほど心細いことか、兄上には分からないだろう!」
「ちっ…親の方が、よほど子供じゃねぇか」
レックスは顔をしかめながら、ちらりとリリアンヌを見下ろした。
「当日は、アランフォースを護衛で一日貸してやる。それでいいだろ」
「…!」
不意に出た名に、ぴくりと肩が揺れた。




