この国の禁忌④
リリアンヌ視点
「あ…あの、お父様」
「なんだ?」
「どうして、自分で歩かせてくれないのですか…?」
リリアンヌは、恥ずかしそうにロデオの腕の中で身じろぎした。
「気にするな。誰も文句を言う奴はいない」
「でも…ここは、エラドリオール邸ではありません」
「ふっ…お前に叱った言葉を、私が言われてしまうとはな」
ロデオはリリアンヌを抱えたまま、王城の入り口へ足を踏み入れた。
「……」
入り口に立つ近衛隊たちの視線が、痛い。
きっと、驚いているだろう。
昨日も、大聖堂の行き帰りは抱えられていた。
大聖堂の階段は長いから…正直、楽で嬉しかったけれど。
遠征から帰ってきてから、また過剰に甘やかされている気がする。
「…私はもう、九歳です。それに王族としての権威を示せと言ったのは、お父様なのに」
リリアンヌは、小さく頬を膨らませた。
「そうだ。お前の九歳の誕生日を祝い忘れていた」
ロデオは、はっと娘に顔を向けた。
「何か欲しいものはあるか?」
「えっ…?もう、三か月以上も前です」
「関係ない。お前の誕生日は、毎年祝うと決めている」
「お母様とお兄様に、たくさん祝ってもらいました」
「私にも祝わせてくれ。お前は、そういう時くらいしか欲しいものを言ってくれないだろう」
「でも…ポニーも連れてきてくれました」
「あれは…私からの、謝罪の気持ちだ」
「謝罪…?何のですか?」
「何が欲しい?装飾品…は、少し早いな。ドレスか、靴か…」
「…どちらも、お母様に十分揃えていただいています」
どうやら、自分の質問は無視されてしまったようだ。
「お前なら本か…?いや、それは面白味がないな…」
ロデオは呟きながら、階段を上がっていった。
「ああ…乗馬で使う服はどうだ?」
「服…」
リリアンヌは、ぴくりと反応した。
「アヴェリーンに聞いたぞ。お前は、サイラスの昔の服を着て馬術や護身術を習っているらしいじゃないか」
「だって、十分です」
「何が十分なものか。男と女では、服の作りも違うだろう」
「でも…問題なく着られるもの」
幼少期であれば、服の作りは一緒だ。
兄が六歳の時に履いていた靴も、ぴったり合う。
でも…服。
服は、必要だ。
それから――
「…お父様、少し時間をもらってもいいですか?」
リリアンヌは、そっと切り出した。
「その…欲しいものを、考えさせてください」
「構わない。来月の精霊祭が終わるまで、私も王都にいるからな」
「それが終わったら、また遠征に行かれるのですか?」
「そうだな…何もなければだが」
ロデオが、溜息混じりに答えた。
「私は、お前の晴れ舞台まで見逃してしまった」
「ええと…褒章授与式の話ですか?」
「そうだ。突然、大正門の上に立たされて怖かっただろう」
「…お父様は、あの壇上に立ったことがあるのですか?」
「何度かあるぞ。そうだな…最近では、総長になった時か」
「それは…最近?」
「ははっ…お前にとって十年前は、最近ではないな」
ロデオは小さく笑うと、ノックもせずに客間の扉を開けた。
「お前ら、いつもそれで登城しているのか」
「!」
リリアンヌは、はっと部屋の中へ顔を向けた。
「よお、久しぶりだな。元気か」
国王が足を組み、ソファに深く腰掛けていた。
「…兄上?ここで何をしている?」
ロデオはレックスへ視線を向けたまま、娘をその場に下ろした。
「…!」
兄上と呼んでいるところを、初めて聞いた。
「用があるからいるに決まってんだろ」
「一緒にいるところを見られたら、まずいぞ」
「お前がさっさとこの部屋を出ていけば、問題ない」
「今、用があると言っただろう」
「お前にじゃねぇ」
レックスは言いながら、ロデオの横に目を向けた。
「…陛下、お久しぶりです。おかげさまで、元気にやっています」
リリアンヌは、その場でカーテシーのお辞儀をした。
国王は、祝宴とも討伐の時ともまた違う格好だ。
黒い長衣に、金の刺繍が入った黒羽織を上から着込んでいる。
前髪も下ろしていて、いつもよりずっと若く見えた。
「それは、嫌味か?」
「えっ…!?いいえ、他意はありません」
「まあ、畏まるな。ここには、五人しかいない」
「五人…?」
そっと後ろに視線を向けた。
扉の脇の壁際に、エドガーが静かに立っていた。
「……」
リリアンヌは、今度は国王の後ろに立つ人物へちらりと視線を向けた。
「リリアンヌ殿下、申し訳ございません。陛下が、どうしてもあなたと話したいとついて来てしまったのです」
目を向けられたルイージは、ソファの後ろからレックスを睨み下ろした。
「…!」
そんな言い方をして、大丈夫なのだろうか。
不敬にあたらないのだろうか。
「突っ立ってないで、座れよ」
レックスは気にもせず、対面の空いたソファを指した。
「…おいで」
ロデオは娘を呼び寄せると、二人で並んで腰掛けた。
「…おい、お前に用はねぇって言ってんだろ」
「だから、私はリリアンヌの父親だ。話があるなら、まず私を通せ」
「…ちっ、邪魔すんなよ」
レックスは舌打ちすると、視線をリリアンヌに移した。
「…リリアンヌ。大聖堂では、随分活躍しているようだな」
「…活躍ですか?」
「アイラに協力して、薬を山ほど作っているんだろ。おかげで、軍用に配布する薬が過去で一番潤沢だ」
「えっ…軍用とは、どういうことですか?」
リリアンヌは、ぎょっと目を見開いた。
「アイラの薬は、市場に出回ることはねぇ。使うのは、王族か軍の人間だけだ」
「…あ」
そうだ。
上級霊拝師の薬はまず市場に出回らないと、シルヴィアから聞いていた。
「あの…アイラ様の薬は、絶対に市場で売られることはないのですか?」
「ねぇな。質が違いすぎる」
レックスが短く答えた。
「……」
半年かけて作ったものは、ひとつも市場に出回らなかった。
民を助けるためならばと、協力していたはずなのに――
「不満そうだな」
「…!」
はっと、顔を上げた。
「それなら、初級の奴らにも協力すればいいだろ」
「…私が協力しても、価値は変わらないのでしょうか」
「あ?」
「私が加護のちからで手伝っても、初級霊拝師の作った薬として、治療院や薬療院で売られるのでしょうか」
「…随分、勉強したようだな」
「…アイラ様は、たくさんのことを教えてくださいます」
リリアンヌは、そっと目を逸らした。
霊拝師の等級によって薬の価値が変わることを教えてくれたのは、シルヴィアだ。
「…大銀貨一枚では売れないな。町にも卸せねぇ」
間を置いて、レックスが口を開いた。
「どうやったら、私が手伝った薬が出回るようになりますか?」
「お前が手伝った時点で、不可能だ」
「でも…言わなければ、分かりません」
「いや、お前のちからが対象者のちから自体を底上げしているなら、出来上がった薬がどの等級に該当するのか分からない」
「そんなに…等級によって、効能は違うのですか?」
「当たり前だ。盛られた睡眠薬に抗う薬なんてもんは、アイラしか作れねぇ」
レックスは、事もなげに答えた。
「…!」
つい昨日、その薬を作ったばかりだ。
なんとなく、知っているぞと言われた気がした。




