この国の禁忌③
リリアンヌ視点
大聖堂内にある書庫室には、精霊に関する書物が、王城の図書室よりも多く保管されていた。
古いものでは、何百年も前のものまである。
それだけ大昔の本なら、ぼろぼろになって読めない気がするけれど、
当時は特別なちからで加工され、新品同様のままだとアイラが言っていた。
逆に、十数年前の本の方が、紙がすり切れて読みづらかった。
ここに通うようになって、精霊について少しだけ分かったことが増えた。
精霊王オーリアは、“繋がるちから”と“呼応するちから”を持っている。
シリル先生の資料と同じように、ちからの詳細は判明していない。
それに、他にももっと特別なちからを持っているらしい。
それから、精霊王の側近、ヌシカ。
ヌシカは、ひとつのちからについてしか記されていない。
“分裂するちから”――
もっと詳しく知りたかったけれど、どの書物にも、詳細は書かれていなかった。
「何か、気になる本はありましたか?」
「…あ」
本に影が落ち、ぱっと顔を上げた。
「今日は、何について学びましょうか」
アイラが、いつの間にか目の前に立っていた。
「…あの、アイラ様。教えてほしいことがあるのです」
リリアンヌは手に持っていた本を、ぱたんと閉じた。
「ええ、なんでしょう」
「異形の存在について…教えていただけませんか?」
「…!」
「王城の図書室には、異形の存在について記されたものがありませんでした。
ここには、そういった本はありますか?」
「……」
アイラは、ちらりと背後へ目を向けた。
視線の先には、入り口前で待機している父がいる。
これだけ離れていれば、きっと声は聞こえていないはずだ。
「いろいろな方に尋ねたのですが…誰も、正体を知っている方はいらっしゃらなかったのです」
リリアンヌは、そっと言葉を続けた。
見た目は、黒い巨人。
世界のどこかに突然現れては、多くの被害を出す天災のひとつ。
全員から、同じような答えしか返ってこなかった。
誰も、その正体については知らない。
「…この国には、いくつもの禁忌が存在します」
アイラが、静かに口を開いた。
「禁忌の意味は…リリアンヌ殿下は、ご存知でしょうか」
「…はい。触れてはいけないことです」
「その通りです。そして、その中のひとつが、異形の存在の正体についてです」
「…!」
リリアンヌは、小さく息を呑んだ。
「異形の存在が何ものなのか、何が我々を襲っているのか。それを知ることはできません」
「…それで…人々は、納得しているのでしょうか?」
「納得する、しないではありません。禁忌とされている以上、知ろうとしてはいけないのです」
アイラがきっぱりと答えた。
「……」
どうして、禁忌なのだろう。
正体不明のものが自分たちを襲っているのに、それを知ることが、なぜいけないのか。
「…異形の存在は、天災のひとつのように扱われています。いつでも突然現れ、毎回多くの犠牲者を出します」
アイラは、さらに声をひそめた。
「そう…ですね」
そこまでは、国王も民たちの前で話していたことだ。
「犠牲者の遺族たちは、異形の存在へ恨みを募らせるでしょう。…もし、異形の存在の正体が明らかになってしまったら…?」
「明らかになってしまったら…?」
リリアンヌは、はっと目を見開いた。
アイラは――何か知っている。
「…言葉が過ぎました。忘れてください」
アイラは、そっと目を逸らした。
「リリアンヌ殿下、今日は違うことを学びましょう。そうですね…悪魔についてはどうでしょうか」
「…悪魔?」
「ええ。精霊王オーリアにより討伐された、精霊の天敵です」
アイラは棚から本をいくつか取り出すと、その場から離れていった。
「座りながら、説明します」
「あ…はい」
慌ててその後を追った。
アイラは机の並ぶ書庫室の中央まで進むと、静かに腰を下ろした。
リリアンヌもその正面へ腰掛けた。
「この地はもともと、精霊だけの世界でした。
そこに、この“ふたつ”の悪魔が現れ、支配するようになりました」
アイラは一冊の本を広げ、リリアンヌの方へ挿絵を向けた。
「男女一体ずつ、ふたつの悪魔です」
「そう…なのですね」
「男の方は凄まじい武力を持ち、精霊を捕まえました。
対して女の方は、精霊を魅了し、騙し、喰らってきたと言われています」
アイラは本に視線を落としたまま、淡々と言葉を続けた。
「ふたつの悪魔は、精霊王オーリアによって討伐された後――」
「……」
アイラの言葉は、別のことを考えているリリアンヌの耳を、するすると通り抜けていった。
異形の存在の正体について――
調べるばかりで、自分自身で考えようと思ったことはなかった。
その先に行きつく答えが、分かってしまう気がしたから。
異形の存在は、特別なちからを必ず使う。
心を貫けば、消滅する。
異形の存在は…
『お前の肩にいるのは――異形の存在と、同じだ』
もし…
あの国王の言葉が、真実なのだとしたら。
私が討伐した、異形の存在の正体は――




