この国の禁忌②
リリアンヌ視点
「ようやくお会いできましたな、リリアンヌ殿下…!」
スワハマが、ぜぃ、ぜぃと荒い息を吐きながら、聖療院に現れた。
「…スワハマ大教主、お久しぶりです」
リリアンヌは入り口へ体を向け、その場でお辞儀した。
「話は、聞いていますぞ。不足していた薬が、安定して作れるようになったそうな」
「…はい。アイラ様のご協力のおかげです」
「まったく、ご謙遜を。これで恩が売れるというもの…」
スワハマは近づきながら、ゆっくりと視線をリリアンヌの後ろへ移した。
「…それで、なぜロデオ殿下が大聖堂へいらっしゃるのか。儂は、許可を出した覚えはないんですがな」
「私は、リリアンヌの護衛としてここへ来ている」
ロデオは、さらりと答えた。
「何か、問題でも?」
「王族を王族が護衛。ふんっ…なるほど。一生懸命頭を使った結果が、これですか」
「なんと言われようと、私は護衛だ」
「…それで、リリアンヌ殿下。精霊祭の日は、もちろん大聖堂へお越しいただけるのでしょうな」
「リリアンヌは、行かないぞ」
「はっ…本当によく喋る護衛だ」
スワハマは、じとりとロデオを睨みつけた。
「たった今、自分は護衛だと宣言されたのを、もうお忘れですかな」
「護衛であると同時に、リリアンヌの父親でもある。参加不参加を決めるのは、私だ」
「あなたには難しい話かもしれないですがな。精霊祭は、精霊のための祭りでしてね。主役が祈りの場に参加なさらないというのは、いかがなものか」
「そんなことは、関係ない。昨年まで何も問題なかっただろう。リリアンヌのことは気にするな」
「この、親馬鹿が…」
「あ?何か言ったか?」
「……」
リリアンヌは、ぎゅっと口を結んだ。
二人は、相当仲が悪いらしい。
スワハマの、父に対する物言いは聞いていても腹が立つ。
けれど、あの厳つい顔に睨まれても一歩も引かないところは、ある意味感心する。
今朝、父と客間へ向かうと、ルイージとアランフォースが待っていた。
だから、すぐ大聖堂へ行く日だと分かった。
父は、自分が護衛について行くとルイージに迫った。
ルイージはかなり渋っていたけれど、騒ぎを起こさないことを条件に、最後は交代を許可した。
少し…
ほんの、少しだけ。
アランフォースとの時間がなくなってしまったことが、残念だけれど。
でも、こうやってスワハマが現れた以上、父がいてくれて良かった。
ルイージもスワハマも、まるで相手側の動きを読んでいるみたいだ。
何か…お互い、探りを入れているのだろうか。
「リリアンヌ殿下。続きをやりましょうか」
「あっ…はい、アイラ様」
はっと、顔を上げた。
「先ほども説明した通り…解毒薬を作るには、このアタダラの花を必ず使用します」
アイラは手元に視線を落とし、淡々と言葉を続けた。
「体に溜まった毒素を排出する効能があるものですね」
リリアンヌは作業台の方へ向き直り、アイラが準備した皿の上へ視線を向けた。
鮮やかな黄色い花が、山盛りに置いてある。
「正解です。それから、血液を浄化する働きのあるアザサックの薬草と、このイジェシラルの花を少量、使用します」
「イジェシラルの花は…何の効能があるのでしょう」
どす黒い、紫色の花。
乾燥させてあるのに、ほんのりと甘い香りが漂っている。
どこか、まがまがしかった。
「それは、強烈な覚醒作用を引き起こす花です」
「きょっ、強烈…?」
リリアンヌはぎょっとして、イジェシラルの花から顔を離した。
「それくらいの量の匂いでは、害はありません」
アイラが、ふっと優しく微笑んだ。
「ですが多量に摂取すると心身に大きな影響を与えるので、取り扱いには注意が必要です」
「…はい」
最近、そういう薬草をよく扱う気がする。
「リリアンヌ殿下。これらの種類から、今日はどんな薬を作ろうとしているか分かりますか?」
「ええと…もしかして、睡眠薬を飲んだ時の解毒薬ですか…?」
「ええ、正解です。これから作るものは、睡眠薬を口にしてしまった場合の拮抗薬です」
「…拮抗薬」
そんな薬まで、必要だなんて。
「では、さっそく薬を作っていきましょうか」
「はい。…一回分はそれぞれ、このくらいでしょうか」
「ええ、お上手です。もう、配分については問題なさそうですね」
アイラは、薬草の効能を丁寧に説明してくれて、薬を作る配分まで教えてくれる。
シルヴィアといい、霊拝師は皆、教え上手だ。
だいぶ、知識も身についてきた。
「おおっ…とうとう、ちからを使われますか」
スワハマが、アイラの後ろから顔を覗かせた。
どうやら、父との話は終わったらしい。
「アイラから、聞いておりますぞ。相当、ちからを送るのが上手になられたと」
「…ありがとうございます」
リリアンヌは前に顔を向けたまま、小さく答えた。
「スワハマ大教主。薬を作る作業は、かなりの集中力が必要となります」
アイラが、さっと口を挟んだ。
「この作業中の会話は、控えていただけますか」
「む…相分かった」
スワハマは、大人しく二人から数歩距離を空けた。
空いた場所に、ロデオがすかさず入り込んだ。
「…では、リリアンヌ殿下。お願いします」
アイラは、何事もなかったかのように乳棒を手に取った。
「はい。いつでも大丈夫です」
リリアンヌは、そっとアイラの背中に触れた。
二人の手先が、同時に白く光った。
「…おお…ほぅ、これが精霊の…」
後ろから呟く声を聞きながら、作業に神経を集中させた。
アイラは黙々と薬草を挽き、篩に掛けていった。
リリアンヌは背中に触れたまま、その作業に合わせて白のちからを送り続けた。
「…はい、ここまでです」
十分な量を細粉した頃、アイラが口を開いた。
「マコ、ハンナ。この後の作業をお願いしていいかしら」
「はい!」
傍に控えていた霊拝師たちが、元気よく返事をした。
「リリアンヌ殿下、今日もありがとうございました。この後は、いつものように書庫室へ行かれますか?」
「はい…!アイラ様には、お手数をおかけしてしまいますが」
「いいえ、問題ございませんよ。それでは、行きましょうか」
「書庫室へ?なぜだ?」
「リリアンヌ殿下は、大変勉強熱心でございます」
アイラは振り向き、スワハマに答えた。
「こうしてちからを貸してくださった後、書庫室へ向かわれ、書物をお読みになります。私も、分かる範囲で協力させていただいているのです」
「分かる範囲でだなんて…」
リリアンヌは、小さく首を振った。
「アイラ様は、いつでも丁寧に、いろいろなことを私に教えてくださいます」
「ふん…なるほど」
スワハマの目が、静かに細められた。
「…行きましょう、リリアンヌ殿下」
「はい…!ではスワハマ大教主、失礼します」
リリアンヌは小さくお辞儀すると、扉へ進むアイラに続いた。
それ以上、スワハマは何も言ってこなかった。
すごい。
アイラは、本当にすごい。
チャンの時も、そうだった。
アイラには、相手を黙らせる力がある。
それは自分の仕事に誇りを持っていて、邪魔する者を許さないからだ。
気高く、崇高な上級霊拝師。
私も…何か、恩返しができればいいのだけれど――
助けてもらってばかりで、申し訳なかった。




