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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第四章/それぞれの光
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この国の禁忌①

リリアンヌ視点



セスランディア大聖堂へ通うようになってから、半年――


父ロデオが、長期の遠征から帰ってきた。



「リリィ…!」


エラドリオール邸の前庭まで出迎えた娘を、ロデオは勢いよく抱きしめた。



「お、お父様、お帰りなさい…っ」

リリアンヌは、ぷはっと苦しそうに、ロデオの肩から顔を出した。



「元気だったか?誰からも、何もされていないか?」



「とても元気です…私は」


思わず、声が萎んだ。



「…とにかく、屋敷に入ろう」


ロデオはリリアンヌを抱え上げると、前庭を進んでいった。



「聞いたぞ。大聖堂へ週に一度、通っていると。なぜ、そんなことになった」



「…私から、申し出たのです」



「スワハマに、何か言われたのか」



「…いいえ。スワハマ大教主には、大聖堂で一度もお会いしていません」

リリアンヌは、小さく首を振った。



「それに、霊拝師(オランス)様は良い方たちばかりですし、アランフォース副団長に護衛していただいているので、大丈夫です」



「お前の大丈夫だけは、信用できないからな…」

ロデオは眉を寄せながら、屋敷の入り口へ近づいた。



「お帰りなさいませ、ご主人様」

家令のステファンが扉を開けて、二人を迎え入れた。



「ステファン、アヴェリーンはどこだ」



「庭園の方にいらっしゃいます」



「お母様と一緒に、庭園で休んでいたのです」

リリアンヌが付け足すように言った。



「そうか。ならば、このまま庭の方へ行こう」


ロデオはそのまま、庭園に続く廊下を歩いていった。



「お父様、しばらくは王都にいらっしゃるのでしょうか?」



「そうだな。少なくとも、精霊祭が終わるまでどこにも行かない」



「お父様も、精霊祭へ参加されるのですか?」



「大聖堂で祈りが終わった後は、町で公務だ。…む、すまない、お前は祭りのことを知らなかったな」



「いいえ。アイラ様に、詳しく聞きました」


精霊信仰では、人は命が尽きると、精霊へ生まれ変わるとされている。


死者が精霊へ生まれ変わった後、


先人の精霊たちに迎え入れてもらうため、人々は祈りを捧げる。


それが、精霊祭。



昼は町で、盛大に祝う。


精霊は、賑やかな場所が好きだと言い伝えられているらしい。



日が暮れると、ランタンを死者の魂に見立てて、空へと上げる。


町中の人が、全員、聖樹の方角へ向けて放つ。



「…お父様。私は精霊祭に――」



「可哀想だが、駄目だ」

言い切る前に、ロデオが首を振った。



「その日はルイージに頼んで、お前を登城もさせないようにする」



「そう…ですよね」

リリアンヌはそっと目を逸らし、正面に顔を向けた。



いつの間にか、庭園を見渡せるガゼボまで来ていた。


その下にいた母が、ゆっくりと腰を上げた。



「あなた、お帰りなさい」



「アヴェリーン…!立たなくていい」

ロデオはリリアンヌを下ろすと、すぐにアヴェリーンのもとまで駆け寄った。



「ステファンから報告は受けていた…まだ、本調子ではないのだろう」

頬へ優しく口づけし、心配そうにその隣へ腰を下ろした。



「心配をかけて、ごめんなさいね。この通り…もう、歩けるくらい元気になったわ」



「さらに痩せてしまったな…食事はできているのか?」



「ふふ…リリアンヌったら、すごいのよ」



「何がだ…?」



「私のために、体に良い飲み物や食事を考えてくれているの。この、ぽかぽか茶もそうなのよ」

アヴェリーンは言いながら、テーブルに置かれたカップへ目を落とした。



「霊拝師たちから、いろいろなことを学んでいるみたい」



「んん…そうか」

ロデオは、複雑そうな顔を娘に向けた。



「…霊拝師様は、いろいろなことを教えてくださいます」

リリアンヌは目を伏せたまま、そっと椅子に腰掛けた。



「今、あなたたちが精霊祭の話をしているのが聞こえたのだけれど」

アヴェリーンが、はたと口を開いた。



「この子も、大聖堂の祈りに参加するのではなくて?」



「…なんだと?」


ロデオの表情が一瞬で険しくなった。



「エレメア様が、“精霊祭は精霊が主役なのだから、リリアンヌは参加するでしょう”と、おっしゃっていたのよ。てっきり決まったことだと思って、衣装を用意してしまったわ」



「…確認が必要だな」



「……」

リリアンヌは、じっと二人のやり取りを聞いた。



正直…参加してみたい。



大聖堂に通うようになってから、霊拝師たちとはだいぶ仲良くなった。


彼女たちが祈っている姿を、見てみたい。



だけど今の状況で、自分の口から行きたいとは絶対に言えない。



「私が留守にしている間に、随分とリリィを好き勝手に扱ってくれたようだな」

ロデオが、苛立たしげに言った。



「一度…抗議を入れにいくか」



「いいえっ…お父様、本当に大丈夫です」


抗議を入れにいく相手は、国王だろう。


国王とは褒章授与式以来、一度も会っていない。


父に何かある方が、よほど嫌だ。



「よし…リリィ、明日は一緒に登城しような」



「はい。とても心強いです」



「でも、前のように、リリアンヌをあなたの帰りに合わせることはやめてくださいな」

アヴェリーンが、さっと口を挟んだ。



「なぜだ?」



「この子は今、忙しいのよ。午前は登城して、午後はここで習いごとをしているのだから」



「ああ…手配していたポニーは、届いたか?」



「はい。馬術の授業は、とても楽しいです」

リリアンヌは、ぱっと顔を綻ばせた。



「それに、護身術の授業もすごく為になります」



「…本当にやっているのか」

ロデオが、ふっと苦笑を漏らした。



「危ないことは、していないな?」



「護身術ではまだ、転び方や逃げ方しか習っていません」



「転び方…?それで意味があるのか?」



「はい…!すごいのですよ、お父様」

リリアンヌは、わずかに身を乗り出した。



「どうやって転べばすぐに起き上がることができるのか、どうやれば痛くないか、とても分かりやすく教えてくださるのです」



「ははっ…!分かった、分かった」

ロデオが、おかしそうに笑った。



「続きは、夕食の時に聞こう。…アヴェリーン、食べられそうか?」



「ええ。早くあなたに、リリアンヌ特製の料理を見せたいくらいだわ」



「お母様…私は提案だけで、作っているのは料理人たちです…」



「ふふっ…どこの令嬢が、献立を考えるのかしらね」

アヴェリーンは優しく微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。



「さ…準備をして、食堂の方へ移動しましょう」



「私の腕に掴まれ」

ロデオが素早く立ち上がり、アヴェリーンを支えた。



「心配性ね…ひとりで歩けるわ」



「頼むから、私がいる時くらい甘えてくれ」



「もう…あなたったら、リリアンヌがいる前で…」



「……」


リリアンヌは静かに、両親の背に続いた。



父が帰ってきてくれて、本当に良かった。



母はここ数か月、体調を崩していた。


朝は起き上がれず、食べる量も減ってしまった。



療師(メディクス)が診ても、原因は分からなかった。


アイラが訪れ、白のちからを送っても良くならなかった。


ということは、精神からくる病だ。


精神からくる病は、白のちからでは治せない。



母は、良くなってきていると言うし、


実際、前に比べて顔色も良くなった気がする。



けれど――“物語”での母の死因は、衰弱死だ。



まだ、一年以上先の話だ。


そうは思うけれど、


着々と現実が“物語”に近づいているようで、どうしても心が落ち着かなかった。



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