ひとすじの光②
届いた先に在るもの
体が――ひどく、重い。
頭が霞み、もう、目も見えない。
今、自分がどんな姿なのかも分からない。
手も足も、動かない。
感触もない。
苦しい。
苦しい。
それでも――このちからだけは、絶やしてはいけない。
「…ここに、いらっしゃいましたか」
五感のうち、唯一生きている耳だけが、声を捉えた。
「ああ…本当にお労しい…ちからが弱まり、こんなお姿になってしまわれた」
聞こえる声が、耳元に近づいた。
「もう、ちからはほとんど残っていないでしょう。
あなた様が封じていらっしゃるはずの瘴気も、“あれら”も、次々に逃げていく」
さく…さく…と、草を踏みしめる音が聞こえる。
「ここ――デューゼの森の西側にまで、瘴気が溢れてきている。
私がいるとはいえ…安全な場所とは言えなくなりました」
抱き上げられているというのに、揺れすら感じない。
何も、感じない。
「瘴気の封印が解け、この地に溢れ出るのも、時間の問題でしょう」
ただ――言葉だけが、心に浸透する。
「ですが…何も恐れることはありませんよ。私は何があっても、決してあなた様のお傍から離れないのですから」
語る声が、そっと恍惚を帯びた。
「もう、無理はしなくてよいのです。あのような奴らのために、あなた様が苦しむ必要などない。
たった数百年で世界をここまで壊した人間どもを…救う価値など、微塵もない」
今度は、怒りが滲んだ。
「ですから、安心してそのちからを解き放ってください。あなた様がどんなお姿になろうとも、私は愛し続けますから」
囁く声が、耳元から沈み込む。
「あなた様が創ったこの世界を…もう、手放しましょう――オーリア様」
――違う。
それは、駄目だ。
封印を解くことなど、できない。
“あの人”との、大事な約束のために。
決して、この世界を手放すことはできない。
「さ…着きました、オーリア様」
再び、声が離れた。
「ここでしたら、しばらく瘴気が届くこともありません。あと数年は、この場所から動かずとも問題ないでしょう」
何も、感じない。
どこに下ろされたのかも、分からない。
「あなた様のお声はもう、私に届きませんが…何を考えていらっしゃるかは、ちゃんと分かっております」
声の主が、今、どんな顔を浮かべているのかも分からない。
「人間どもに、あなた様の苦しみを存分に味わわせてやりましょう」
どんな感情を抱えているのかも――分からない。
「ふふっ…“その日”を迎えることが、楽しみで仕方ない。塵のごとく増えたあやつらが、どれほど逃げ惑うものか…」
真上から聞こえていた声が、少しずつ遠ざかった。
「人族だけではない。裏切り者のエルフも、無関心な獣人やドワーフも――」
遠ざかった声が小さくなり――
やがて、聞こえなくなった。
――違う。
そんなことを、考えてはいけない。
滅ぶ日が来ることを、望んではいけない。
そう、伝えたいが…
もう、その手段もない。
苦しい。
言葉が届かないことが、苦しい。
ふいに――頭の中に、合図が届いた。
また…これだ。
精霊を、感じる。
まだ、我々以外に存在している。
何かを伝えようとしているが、自分のちからが足りず、届かない。
助けを乞うているのだろうか。
救いを求めているのだろうか。
すぐにでも、ここへ連れて来てあげたいが…
もう、そんなちからも残っていない。
苦しい。
何もできないことが、苦しい。
苦しい――
突然――強烈な光が、胸に届いた。
「…!」
精霊を介して、どんどん光が入ってくる。
入ってきた光が体中に広がり、沁み渡る。
この、光は。
この、温かさは――
「……あ…」
“あの人”の――白のちからだ。




