セスランディア大聖堂⑥
リリアンヌ視点
聖療院の中は、外観とは対照的に、人の気配に満ちていた。
奥行きのある室内には、長い作業台がいくつも並んでいる。
その上に置かれる瓶や器具は、馴染みのないものばかりだ。
それらの前で、白の長衣に黒いズボンを履いた人たちが作業している。
彼らがきっと、霊拝師を支える侍者なのだろう。
室内に足を踏み入れると、全員がぴたりと手を止め、こちらへ顔を向けた。
「リリアンヌ殿下が、我々の手伝いに来てくださいました」
クローが、手を止めた者たちに向かって言った。
「ひとつ、場所を空けてください。これから作業を始めます」
「かしこまりました」
侍者たちは揃えて一礼すると、素早くひとつの作業台を開けた。
空いた場所の奥から――別の格好をした男が現れた。
「…っ!」
リリアンヌは、ぎくりと肩を揺らした。
「リリアンヌ殿下ぁっ…!お待ちしておりましたよぉ」
現れた男――チャンが、勢いよくリリアンヌの前までやって来た。
「…ぅ…」
思わず、体が後ずさった。
「お会いできて良かった…!ルイージ宰相も、人が悪い。
まさか、昨日の今日でお越しいただけるとは思いませんでしたからね」
チャンは周りをまったく気にせず、リリアンヌにだけ目を向けた。
「スワハマ大教主は間に合いませんでしたが、僕だけでもなんとか来ることができて、本当に良かった」
「……」
どうして彼が、ここに。
いや…大教主の補佐官なら、おかしくないのかもしれない。
「チャン文官…なぜあなたが、聖療院内にいらっしゃるのでしょう」
穏やかだったクローの口調が、険しくなった。
「ここへは、許可がないと入ることはできないはずです」
「あ?ああ、だから、スワハマ大教主に貰ってるんだよ」
チャンは、煩わしそうにクローへ言葉を返した。
「リリアンヌ殿下ぁ、さっそくちからを試されるのでしょう?ぜひ、見学させてください」
すぐに笑みを浮かべ、リリアンヌへぐるりと顔を向けた。
「…あ、あの」
「何か分からないことがあれば、僕がお手伝いしますから」
チャンはにたぁっと笑みを広げ、手を差し出した。
「さぁさぁ、どうぞ。僕が、手取足取り――」
言葉が、唐突に止まった。
「…え」
影を感じ、リリアンヌは、ぱっと視線を上げた。
頭上から、チャンに向かい――真っ黒な手が伸ばされていた。
「…ふん、分かっていますとも」
チャンはリリアンヌの背後を睨みながら、ゆっくりと後ずさった。
「また、なんとも妙な取り合わせだな…」
ぶつぶつ言いながら、あっという間に部屋の隅まで移動した。
「…すごい」
ミュラが目を輝かせ、リリアンヌとその後ろを見比べた。
「……」
心の中で、ミュラの言葉に大きく頷いた。
本当に、すごい。
あのチャンを、一言も喋らずに一瞬で退けさせてしまった。
国王がアランフォースを護衛につけた理由が、ようやく分かった。
「…失礼しました。リリアンヌ殿下、どうぞこちらへ」
クローが、はっと口を開いた。
「ええと…私は、どうしたらいいのでしょう」
リリアンヌも、はっと尋ねた。
「私は、リリアンヌ殿下が薬を作る協力をしていただけるとしか聞いておりません。…どのようにお手伝いしていただけるのでしょうか」
「……」
それは、そうだ。
どうやって加護のちからを使ったように見せたかなんて、アイラ以外は知らないだろう。
「…私の持つ加護のちからは、白のちからを底上げできるかもしれないというものです」
とにかく――せっかく手伝いに来たのだから、ひとつでも多くの薬を作って帰りたい。
通用するかは分からないけれど、アイラの時と同じ嘘を言うしかない。
「霊拝師様が白のちからを薬に送る際、私が触れて、加護のちからを送ります。前回は、それで底上げすることに成功しました」
「!それは素晴らしいですね。それでは…ミュラ、君がやってみるかい」
「えっ…私が?」
ミュラが、クローの言葉にぎょっと目を丸くした。
「私には、そんな大役は無理です…!クロー様、お願いします」
「私は構いませんが…」
クローは、ちらりとアランフォースへ視線を向けた。
「こういう場合は…同性同士の方が、リリアンヌ殿下も気兼ねなく協力できるのではないでしょうか」
「あ…ええと…」
先ほどのチャンとのやり取りを見て、私が異性を怖がっていると思われたのだろうか。
クローに触れることは、なんとも思わないけれど――
もしクローが、この白のちからは自身のものではないと口にしてしまったら。
そうなったら、どうすればいいのだろう。
もう、嘘を通しきれる気がしない。
「――そのお役目は、私が引き受けましょう」
「!」
室内にいる者たちが、はっと入り口へ顔を向けた。
「リリアンヌ殿下。どうか、そのお役目を私に任せてくださいませんか」
入り口から、アイラがまっすぐにやって来た。
「アイラ様…っ」
「前回と、同じように。私に、ちからをお貸しください」
アイラは目の前で足を止めると、じっと力強い目を向けた。
「…はい…お願いします」
リリアンヌは、慎重に頷いた。




