セスランディア大聖堂⑤
リリアンヌ視点
「あの高い位置に孤立して見える建物は、医療学校です。
あそこへは、本堂の脇から伸びる細い階段からしか行けません」
クローは、大聖堂の入り口から見える建物を丁寧に説明していった。
「あそこで、将来療師になる方たちが学んでいるのね」
リリアンヌは、クローの視線の先を追いながら言った。
「ええ、おっしゃる通りです。あの学校を卒業した者たちが、療師や薬師として各地の治療院や薬療院で働いています」
「医療学校の隣にある、あの小さな建物は?」
「あれは、学校に在籍する者たちの寮です。
ちなみに…本堂の奥に見えるあの三階建ての建物は、我々霊拝師が生活している宿塔です。
クローは指し示す先を、本堂の左側から右側へ移した。
「さらにその隣の小さな建物には侍者が生活していて、我々を支えてくれています」
「…!」
侍者――
霊拝師の作った薬を、霊拝師以外に唯一扱える職業の人。
「リリアンヌ殿下、こちらへ」
クローが、長い階段をゆっくりと下りて先導した。
「この階段の脇に続く建物には、すべて典礼に関わる道具や書物が収められています。
今は静かですが、典礼の前後は、多くの聖職員が出入りします」
「てんれいって…ええと…宗教の行事のことでしょうか?」
「大変失礼しました。簡単にいうと、祈りや儀式をまとめた言葉です」
「たとえば、精霊祭のような?」
つい先ほど知ったばかりの行事を口にした。
「ええ。精霊祭は、重要な儀式のひとつです」
「精霊祭の時は、一か月前からこの辺りが騒がしくなるんです」
クローの言葉に、ミュラがこそりと付け足した。
「へぇぇ…」
国王も来るのだから、相当大きな儀式なのだろう。
「あの横にある長い建物は、書庫室です。宗教や精霊に関する書物が多く置かれています。
それから…その脇の小さな建物は、記録管理室といって、監査官たちが働いています」
クローは歩きながら、穏やかに案内を続けた。
「いろいろな建物があるのね…」
すべて覚えなくてはいけないとなると、かなり大変だ。
「ここには様々な施設があり、それらすべてを総称してセスランディア大聖堂と呼ぶのです」
「あ…なるほど」
騎士の住まう通りを騎士の塔と呼ぶことと、少し似ている。
「…あの、クロー。大聖堂には、どんな職業の方がいらっしゃるのかな」
ふと気になり、尋ねた。
辺りには、誰も人がいない。
本堂でも、数人すれ違った程度だ。
「聖職者以外でしたら、聖務部の文官が出入りを許されています。
それから、ここを護る騎士や兵士がいらっしゃいます」
「ん…?出入りを許されている…?」
リリアンヌは、小さく首を傾げた。
「セスランディア大聖堂は普段、許可がなければ国王以外は入ることができません」
クローは前を見たまま、淡々と答えた。
「自由に出入りが可能なのは、聖職者と聖守護騎士団の方々だけです。そうは言っても、我々霊拝師は外出の際は許可が必要ですが」
「……」
シルヴィアに聞いていた通りだ。
霊拝師は、簡単には外へ出られない。
「…霊拝師様は今、何名いらっしゃるのでしょうか?」
二十名くらいだとは聞いていたけれど。
「現在は、二十二名が在籍しています。男が八名、女が十四名。
引退した者も含めれば、三十名ほどになると思います」
「…三十人」
白の使い手は、二千万人が住むセスランディア王国に三十人しかいない。
「ただ、二十二名全員が大聖堂に揃うことはほぼないのです」
「えっ、そうなのですか?」
「はい。我々は、常に各地を巡礼しておりますから」
「巡礼して…各地で、傷病者を診ているの?」
「ええ、そうですよ。症状に合わせ、その場で薬を作ることもあります」
クローが説明を続けながら、足を止めた。
「最後が、こちらの建物…聖療院です」
そう言って、目の前の大きな建物を指した。
「薬を調合する場で、我々霊拝師は、主にここで働いています」
「聖療院…」
リリアンヌは、ゆっくりと建物を見上げた。
治療院でも、薬療院でもなく――聖療院。
白く高い壁に覆われている。
本堂くらい大きいのに、入り口の扉は小さく、閉鎖的だ。
どこか、軍事施設のようにも見えた。
「リリアンヌ殿下には、その…薬を作る手伝いをしていただけると、スワハマ大教主から伺っているのですが」
クローが、遠慮がちに尋ねた。
「…はい。どこまでお力になれるかは、分かりませんが」
そうか。
傷病人を診るのは、各地にある治療院や薬療院。
大聖堂に、傷病人が訪れることはない。
それなら自分にできるのは、薬を作ることくらいだ。
「では…さっそくですが、お願いします」
クローが聖療院の入り口に進んでいった。
「…あ」
「どうしましたか?」
小さく声を漏らしたリリアンヌに、ミュラがすかさず尋ねた。
「あっ…いいえ…ごめんなさい」
入り口前に立つ人たちを見て、思わず驚いてしまった。
白の軍装コートに、煌びやかな剣の鞘。
先ほど大聖堂前に立っていた兵たちとは、格好も体格も違う。
――聖守護騎士団だ。
聖療院の入り口を護る騎士たちの視線が、リリアンヌたちへ向けられた。
「リリアンヌ殿下、どうぞ」
「…ええ」
クローに促され、入り口の扉をくぐった。
視線は向けているけれど、止められはしない。
私が訪れることは、事前に騎士たちにも伝えられていたようだ。
「……」
ふと気になり、小さく後ろへ振り向いた。
白の騎士の間を、真っ黒な軍服を着たアランフォースが通り抜けた。
その一瞬だけ――ぴりっと空気が変わった気がした。




