セスランディア大聖堂④
リリアンヌ視点
「…!」
目の前に広がった光景に、リリアンヌは息を呑んだ。
まるで――ひとつの町のようだ。
山の斜面には、石造りの建物が幾重にも並んでいる。
その中心を貫くように、長い階段が上へ上へと続いていた。
階段は途中で何度も折り返しながら、山の上まで伸びている。
その頂上には――ひと際大きな建物がそびえていた。
あれが、セスランディア大聖堂だろうか。
「足元に、お気を付けて」
「あっ…はい」
アランフォースの言葉に、慌てて足を踏み出した。
ゆっくりと、長い長い階段を進んでいった。
この雰囲気を、知っている。
王城とは異なる、荘厳な空気。
白い石造りの建物と、空へ伸びるような柱。
前世で見た神殿を、思い出した。
階段を上りきった先で、二人の霊拝師が並んで待っていた。
「リリアンヌ殿下、ようこそお越しくださいました」
男性の霊拝師が、代表して口を開いた。
「私は、中級霊拝師クローと申します。彼女は、初級霊拝師のミュラです。本日は、我々が大聖堂内を案内させていただきます」
「あ…ええと…クロー様、ミュラ様。お忙しいところ、ありがとうございます。本日はどうぞ、よろしくお願いします」
リリアンヌは二人に向かい、慌ててお辞儀した。
まさか、霊拝師自ら案内してくれるとは思わなかった。
「……」
クローとミュラが、驚いたように顔を見合わせた。
「…あの、霊拝師様の貴重なお時間をいただいてしまい、本当に申し訳ありません」
「!いいえ…大変光栄な話です。リリアンヌ殿下、どうか、我々のことは敬称無しでお呼びください」
クローが、はっと口を開いた。
「クロー、ミュラ。それでは、よろしくお願いします」
これから週に一度、彼らとは会うことになる。
将来、一緒に働くことになる。
できる限り、良い印象を持ってもらいたかった。
「では…さっそく本堂を案内させていただきます。どうぞ、こちらへ」
クローはそう言うと、奥に見える大きな建物の方へ足を向けた。
彼は、女性の霊拝師と違い、被りものを着けていない。
勝手に、霊拝師は女性しかいないものと思い込んでいた。
男性がいたことに驚いたけれど、優しい顔立ちで、少しほっとした。
「あの…あの、リリアンヌ殿下」
ミュラが振り向き、そっと足元を指さした。
「ここ…段差が大きいので、お気を付けてください」
「ありがとう、ミュラ」
「…!」
リリアンヌが返事をすると、ミュラは嬉しそうに微笑んだ。
なんて可愛らしい人なのだろう。
マコとはまた違う、素朴で優しい雰囲気だ。
ずっと、にこにことした顔をこちらへ向けてくれている。
建物に入ると、クローたちは長い廊下をまっすぐ進んでいった。
一番奥の扉の前に、門番が立っていた。
全員、丈の短い白い軍服を身にまとっている。
聖守護騎士団の騎士とは、また違う格好だ。
門番たちが重そうな両扉を、ぎぎぎ…と開けた。
「…わっ」
幻想的な内装に、思わず声が漏れた。
天井は、驚くほど高い。
滑らかな石柱が並び、その奥まで広い空間が続いている。
左右には長椅子が整然と並べられ、中央には青い絨毯がまっすぐに伸びていた。
絨毯の先には、二体の銅像が立っている。
その真上には大きなステンドグラスがあり、降り注ぐ陽の光が像を淡く照らしていた。
中央に置かれた一体は――
「精霊王オーリアの銅像です」
リリアンヌの視線を追ったクローが、そっと答えた。
「我々は朝と夜に、ここで精霊王オーリアへ祈りを捧げています」
「精霊王オーリア…」
この世界を創造したと言われている、精霊王――
初めて、オーリアの姿を見た。
“物語”でオーリアは、
すでに、異形の存在となってしまっていた。
「その脇の銅像は、精霊ヌシカです」
「…!」
リリアンヌは、はっと息を呑んだ。
側近、ヌシカ――
その名も、物語に出てくる。
“リリアンヌ”の背中に、消えない傷を負わせる人物。
ヌシカもまた、異形の存在になった姿しか出てこない。
「精霊ヌシカは忠実なる側近として、精霊王と共に今もこの地を護っていると言われています」
「…護っている?」
クローの言葉に、リリアンヌはゆっくりと首を傾げた。
「ええ。過去、実際にお二方の姿を見た先人により、この銅像は作られました」
「…そうなのですね」
リリアンヌは、再び銅像へ目を向けた。
「あの…もう少し近づいてもいいですか?」
「ええ、もちろん。どうぞ」
クローとミュラが先導して、絨毯の上を進んでいった。
「……」
二人の後ろから、じっと銅像を眺めた。
どちらも、中性的な顔立ちだ。
長い髪に、尖った耳。
頭に着けられているのは、月桂樹だろうか。
ステンドグラスの光が揺れ、まるで生きているかのように瞳が動いている。
とても…綺麗だ。
この二人が異形の存在になってしまうなんて、とても信じられない。
――そうか。
今はまだ、二人ともこのままの姿のはずだ。
まだ、異形の存在になっていない。
少なくともオーリアはまだ、精霊王としてデューゼの森にいるはずだ。
「…お祈りされますか?」
ミュラが、そっと提案した。
「あ…したいです。でも、お祈りの仕方を知らないの」
何度か、祈っている姿を見たことがある。
だけど、それが正式な作法なのかは分からない。
「どうぞ、我々にならってください」
クローはそう言って、ミュラと並んでオーリアの銅像を見上げた。
右手を額の前に添え、円を描く。
その手を胸まで下ろして、両手の指を絡めるように組んだ。
「精霊王オーリアの祝福が、リリアンヌ殿下へありますよう」
クローもミュラも目を閉じ、頭を小さく下げた。
「……」
リリアンヌは、見よう見まねで、二人と同じように祈った。
――スノウと出会わせてくれて、ありがとうございます。
「ホ~…」
心の声に呼応するかのように、肩に止まるスノウが、ふわりと光を広げた。
「…!」
クローとミュラは、はっと息を呑んだ。
「…すごい。本当に、すごい」
「…ありがとう、ミュラ」
リリアンヌは目を開け、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「この子は、すごいの」
また、スノウを褒めてもらえた。
「精霊がというか…」
ミュラは言いかけたまま両手を組み、今度はリリアンヌに向かって祈りを始めた。
「……」
確かに、スノウも信仰対象だ。
好きにさせてあげよう。
「…次の場所へ、参りましょうか」
クローは苦笑を浮かべ、再び本堂の入り口へ足を向けた。




