セスランディア大聖堂②
リリアンヌ視点
いつも父に送ってもらっていた客間まで、護衛に見守られながら向かった。
客間の前に着くと、ウェイバーとゲイソンは扉の脇で足を止めた。
「…失礼します、リリアンヌです」
リリアンヌは小さくノックして、ゆっくりと扉を開けた。
「おはようございます、リリアンヌ殿下」
「!」
すでに、ソファでルイージが待っていた。
扉を閉め、急いでソファまで駆けた。
「おはようございます、ルイージ宰相。遅くなってしまって、申し訳ありません」
「え?…ああ、いえ。あなたは、いつも通りです」
「ええと…今日は、何のお話を――?」
気配を感じた気がして、ぱっと振り返った。
「…えっ!」
リリアンヌは、びくりと肩を強張らせた。
「……」
壁際に控えていた騎士――アランフォースが、静かに目礼した。
「リリアンヌ殿下。今日はさっそく、セスランディア大聖堂へ行っていただきます」
「は…え…?」
ルイージの言葉に、思わず間の抜けた声が出た。
「着いて早々恐縮ですが、これから馬車で向かっていただけますでしょうか」
「え…ええと…ウェイバーたちは?」
「ウェイバー…?…ああ、護衛の方たちですね。大聖堂へ向かわれる日はアランフォース副団長と交代だと、事情を知っています」
「…ほ、本当に」
本当に、アランフォースが護衛をしてくれるなんて。
「本日は、大聖堂からそのままご帰宅ください。屋敷まで、アランフォース副団長がお送りします」
「…大聖堂へ行ったら、何をすればいいのでしょうか?」
はっと気付き、アランフォースからルイージに視線を移した。
「誰に、声を掛ければいいのでしょうか」
「本日リリアンヌ殿下が向かわれることは、もう大聖堂へ知らせを入れています。入り口で案内の者が待っているはずです」
「…わ、分かりました」
「私もついて行ければ良かったのですが…申し訳ありません」
「いいえ…ルイージ宰相、いろいろと手配していただいて、ありがとうございます」
自分で行くと決めた。
心細いけれど、そこまでお世話になるわけにはいかない。
「どうか…気を付けて行ってきてください」
ルイージが、そっと立ち上がった。
「それでは、また明日」
それだけ言うと、すぐに扉へ向かい、客間を後にした。
「……」
「…殿下、行きましょう」
「あ…あの、アランフォース副団長。今日は、お手数をおかけします」
リリアンヌは、はっと言葉を返した。
「その…昨日ぶりですね」
「…ええ、昨日はお疲れ様でした」
アランフォースは、短く答えた。
「…アランフォース副団長も、お疲れ様でした」
昨日もずっと一緒だったけれど、ちゃんと話すのは討伐以来だ。
なんだか、気恥ずかしい。
「ええと…馬車に乗ればいいのでしょうか?」
だけど、今はとにかく、大聖堂へ向かわなければ。
「ええ、どうぞ」
アランフォースが、音もなく扉を開けた。
「…ありがとうございます」
リリアンヌは、小走りで扉へ向かった。
扉の外側には、もう誰もいなかった。
ウェイバーたちは、ルイージと共に行ってしまったようだ。
「……」
恐る恐る、廊下を進んだ。
すぐ後ろから、アランフォースがついて来ている。
他の護衛たちと同じはずなのに、なぜだろう。
すごく不思議な感覚だ。
足を進ませているうちに、あっという間に入り口まで戻ってきた。
先ほど降りたばかりの馬車の前に、御者が短い階段を付けて待っていた。
「お気を付けて」
「はい。ありがとうございます」
アランフォースの手を取り、再び馬車へ乗り込んだ。
すぐにアランフォースも乗り込み、
大剣を背中から外して、静かにソファの脇へ立て掛けた。
馬車がゆっくり動き出し、大剣が微かに揺れた。
「……」
なんだか、落ち着かない。
ウェイバーたちとは、また違う緊張感だ。
「…セスランディア大聖堂までは、どれくらいかかるのでしょうか」
リリアンヌは、そっと口を開いた。
「ここから二十分ほどです」
アランフォースが素早く答えた。
「アランフォース副団長は、大聖堂へ行かれたことがあるのですか?」
あまり、話しかけない方がいいのだろうか。
でも、沈黙に耐えられそうにない。
「ええ。陛下と共に、何度か。年に一度は、必ず行きます」
「必ず?どうしてですか?」
「精霊祭では、セスランディア大聖堂での祈りから始まりますから」
「精霊祭…?そんな祭りがあるのですか?」
リリアンヌは、わずかに身を乗り出した。
「ええ、毎年五の月に行われる大きな祭りです」
「どんな祭りなのですか?」
「うまく説明できませんが…死者を弔う、一種の行事のようなものです」
「そうなのですね…」
想像していた祭りと、少し違うようだ。
「…申し訳ありません。祭りの詳細は、ルイージ宰相にでも聞いてみてください」
「あっ…いいえ、教えてくださってありがとうございます」
アランフォースを困らせてしまった。
「ホ~」
「!」
スノウが肩から離れ、窓際の縁に移動した。
「窓際が、お気に入りなんだね」
「ホ~」
窓の外の景色は、まだ第一城壁内のものだった。
「……」
リリアンヌはそのまま、ぼうっと窓の外へ目を向けた。
王都で、どんな行事があるのかも知らなかった。
貧民区へ行っていた時も、そんな話を聞いたことがない。
いや…貧民区へ行き始めたのは、六歳の十の月。
行けなくなってしまったのは、七歳の四の月。
ちょうど、精霊祭を逃してしまった。
今は――八歳の、十の月。
白のちからがあると分かってから、二年経った。
一の月になれば、九歳となる。
そうしたらあと二年で、この国は異形の存在の大群に襲われることになる。
もう…あと、二年しかない。
もっと、情報が欲しい。
異形の存在のことだけじゃない。
デューゼの森のことも。
精霊王オーリアのことも――
「…!」
視線を感じ、はっと顔を正面に向けた。
「……」
アランフォースが、じっとこちらを見つめていた。




