派閥の泥仕合⑤
レックス視点
「週に一度、どの日にリリアンヌ殿下に行ってもらうんだ」
「…俺が決める」
レックスは、肘掛けを指で叩きながら答えた。
「曜日をか?」
「違う。週に一度、いつ大聖堂へ行かせるかは俺が決める」
「はぁ…?」
ルイージは、訝しげに眉を寄せた。
「どうしてだ。それに、何の意味がある」
「お前が知る必要はねぇ。お前は毎朝、リリアンヌへ会う前に俺のところへ来い」
「…仕事を増やしてくれるなよ」
がっくりとルイージの肩が落ちた。
「なあ…せめて…月に一度、俺に休みをくれないか…」
「リリアンヌが大聖堂に行く日は、休めるだろ」
「…お前の思う休みと俺の言う休みが、大いに違うことは分かった」
「お前が宰相になると決めた時、俺は言ったはずだ」
レックスは、淡々と言葉を続けた。
「死んでも俺に食らいつけ。それができないなら、宰相の座を消してやるってな」
「…あんなの、脅しだろ」
ルイージは、モノクルの奥から睨みつけた。
「俺が宰相にならなければ、お前ひとりがすべてを背負うことになるっていう、遠回しの脅しだっただろ」
「俺の幼馴染みは、優しいな」
レックスは、はっ…と鼻で笑った。
「俺の背負うものを、ほんの少しだけ預かってくれるんだからな」
「…お前はせめて、もう少し人使いの荒さを治せよ。いつか、死人が出るぞ」
ルイージは、諦めたように溜息をついた。
「それか、あとひとりくらい、味方を増やしてくれ」
「お前が増やせ」
レックスは間髪入れず返した。
「…お前は知らないかもしれないが、俺には、すでに多くの味方がいる」
ルイージは机から手を離すと、レックスを睨みつけたまま、ゆっくりと下がっていった。
「お前が振り回すから、教えてやらないけどな」
「…なんだ、その捨て台詞」
「捨て台詞じゃない。お前への、忠告だ」
「宰相から国王への諫言、か?」
「まあ、それでもいい」
ぴたりと扉の前で足を止めた。
「生き急ぎすぎだ、馬鹿」
「あ?」
「…また、明日の朝来ればいいんだな」
ルイージは「じゃあな」と軽く手を振ると、さっさと執務室から出ていった。
「…捨て台詞じゃねぇか」
なんだ、あいつは。
まるで、十代の頃のような会話だ。
それも、リリアンヌに感化されたというのか。
「…くそ」
仕事が進まない。
リリアンヌひとりに、何時間費やしてやればいいんだ。
「……」
レックスは椅子から立ち上がると、背中側にある窓際へ寄った。
小窓をわずかに開け、小さく縁を叩いた。
「お呼びでしょうか」
姿の見えない声が、窓から入ってきた。
「大聖堂に潜り込ませたか」
「ええ…もう、とっくに潜入させています」
レックスの問いに、声が答えた。
「毎日、スワハマとチャンがどこにいるか報告させろ」
「は…ですが、二人揃って大聖堂を不在にすることは、滅多にないかと」
「それなら、スワハマがいない日を優先する」
「分かりました。毎朝九時、こちらへ報告に来る。それでよろしいでしょうか」
「それでいい」
「では…」
「待て…ルプス」
去ろうとする声を、レックスは呼び止めた。
「なんでしょう」
「さっきは助かった。おかげで間に合った」
「ふ…王の影として、当然です」
ルプスは、わずかに笑みをこぼした。
「そのまま、ひとりリリアンヌにつけておけ」
「御意に」
一瞬で気配が消えた。
「…ちっ」
どこまでも、手を煩わせる。
スワハマのしたいことなど、目に見えている。
ブライアンを操るため、リリアンヌを手玉に取り、嫁にとでも思っているのだろう。
もしくは、リリアンヌ自身を王にでもする気か――
いや、さすがにそれは無理だと分かっているはずだ。
いずれにせよ、スワハマは宰相に戻るためなら、利用できるものすべてを使う気だ。
スワハマが、再び政権を握る。
考えただけでも反吐が出る。
多くのものを犠牲にして、やっとここまで来た。
またあの時代に逆戻りなど、死んでもごめんだ。
いつまでも邪魔な老いぼれどもを、まとめて追い出してやりたい。
手っ取り早く、襤褸を出せばいい。
そういう意味で…今回の件は、良い機会なのかもしれない。
向こうはこっちの粗探しをしていることだろうが、それを逆手に取ればいい。
即位して、十年。
もう、そんなに経つというのに――
蹴落とし合いの泥仕合は、まだ終わりそうもない。




