派閥の泥仕合③
リリアンヌ視点
「それが顕著に表れているのが、聖守護騎士団です」
「…ブルック団長たち、ですね」
リリアンヌは、しゅんと目を伏せた。
「…討伐の時に、お会いしましたか?」
「はい…」
どうやら、彼には嫌われてしまっている。
理由は分からないけれど、会うたびに睨まれている。
「彼がいることもあるから…あなたに、大聖堂へ近づいてほしくなかったのですが」
「…?スワハマ大教主の一派だからですか?」
「いいえ、違いますよ。ブルック団長は、スワハマ大教主とは協力関係ですが、一族同士は敵対しています」
「えっ…そうなのですね」
それは、少し意外だ。
「ブルック団長は、信仰心の強いホウレンベルク侯爵家の出身です」
「…オーリア教の、ということですよね?」
「ええ。精霊信仰を大切にし、オーリア教の敬虔なる信者が多くいらっしゃいます」
「…?」
リリアンヌは、不思議そうに首を傾げた。
それは、いいことなのではないだろうか。
「…中には、かなり偏った思想を持った者もいます」
ルイージがそっと答えた。
「過去にホウレンベルク領で、“悪魔狩り”と称し、何人もの罪なき女性が焼き殺された時期もありました」
「…!」
似たような歴史を、知っている。
「そういう意味で…あなたは、危険かもしれない」
ルイージは、じっ…とリリアンヌの紅い瞳を見つめた。
「…どういう意味で?」
「…ですが、アランフォース副団長が護衛につくのなら何も問題ないでしょう」
「何の問題…?」
「申し訳ありません、さらに話が逸れてしまいましたね。今は、派閥の話です」
「…はい」
どうやら、どういう意味かは教えてくれなさそうだ。
「保守派の者たちは、常に陛下の弱点や失策を探しています。
それと同時に、ブライアン殿下が王座を継いだ後、どれだけ良い位置につけるかを考えている」
「…仕事は、していないのでしょうか」
「本当に。そんな暇があるなら、仕事をしてほしいくらいです」
ルイージが、ふっと失笑を漏らした。
「随分と回りくどくなってしまいましたが…そのくだらない作戦に、あなたが利用される可能性があるということをお伝えしたかったのです」
「…どう、利用するのですか?」
「まず…今回の一件で、あなたの名は国中に広まるでしょう」
「ぅ…は、はい」
まだ、実感は湧いていない。
「そこに、“後見人のスワハマ”と付け加えたら、簡単に彼の名も広まるでしょうね」
「広まると、どうなるのですか?」
「端的に言えば、民の支持を得られる。勢力が増します。
ですから彼は、“精霊の加護を授かった王弟の娘”という象徴が欲しいのです」
「そんな…簡単に?だって、スワハマ大教主は宰相時代――」
――愚の政治を、行ったというのに。
「民は、誰がどういう政治をしているかなど、知らないのですよ。
国王ひとつのもとで、すべての政策が行われると思っています」
ルイージが、そっとリリアンヌの言葉を継いだ。
「むしろ、セスランディア大聖堂や霊拝師たちの上に立つ人物なら、立派な方に違いないと思っているのではないでしょうか」
「……」
何も、言えない。
自分も、つい先ほどまで国王が政治の一切を決めていると思っていた。
「とにかく…あなたは大聖堂へ行きましたら、霊拝師以外には極力近づかないでください」
「!霊拝師様は」
はっと口を開いた。
「霊拝師の方々は、その…文官たちのように、派閥があったりするのですか?」
「いいえ。霊拝師の方々は皆、至極真面目に仕事をされています。
大枠でスワハマ大教主の部下にあたりますが、派閥に関わるような方は誰ひとりいらっしゃいません」
「そう…ですか」
それを聞けて、心からほっとした。
「それに…また登城するとはいえ、しばらくは官僚たちに会うこともないでしょう」
ルイージはコップを傾けると、コーヒーを飲み干した。
「明日からも、本館の客間の方でお会いしましょう」
話は、これで終わりということだろう。
「あの…最後にひとつ、聞いてもいいですか?」
リリアンヌは、おずおずと尋ねた。
「ええ、なんでしょう」
「陛下に…陛下の派閥は、ないのですか?」
スワハマのように、勢力を持っているのだろうか。
「…陛下ご自身は、派閥を持とうとはしていません」
ルイージが静かに答えた。
「何か、気になることでも?」
「…いいえ」
聞けない。
もしかして――国王には、味方はいないのではないか、だなんて。
この国では、王が絶対。
王が頷けば、どんなこともできると思っていたのに。
本当は、もっとずっと複雑だった。
残虐王と呼ばれるようになったのも――
何か、理由があったのだろうか。
…分からない。
先ほどは、勢いのままに国王へ言葉を返してしまった。
働く人たちを道具扱いしているなんて思ったけれど、
そうではなくて、まさか私を護るためのものだったのだろうか。
『城内の狭い世界だけを見るな。精霊の加護を貰ったことを、お前自身が誇れ』
『お前の味方は、これだけいる』
あの、壇上での言葉――
あの一瞬だけは、レックスの言葉を信じることができた。
もしかして、民の前に立つ国王の方が、本当の姿なのだろうか。
…分からない。
結局、まだ王城の中だけを見ている。
でも、エラドリオール邸から出るようになって、まだたった一か月だ。
そこから比べれば、この世界だって十分に広い。
いつかは、王城を――
狭い世界と、感じることができるのだろうか。




