派閥の泥仕合②
リリアンヌ視点
「敵国の王を倒したのですから、一応、セスランディア側が戦勝しています。
勝利を持ち帰った陛下は、勢いのままに改革を行いました」
ルイージは、淡々と言葉を続けた。
「改革…ですか?」
「大きなところで言えば、奴隷制度の撤廃でしょうか」
「…!」
奴隷については、“物語”でも出てくる。
「それから…王都の市場を活性化させ、さらに、全国の通行税を一律化し、領同士の行き来を盛んにさせました」
「へぇ…それを、陛下は戦後すぐに行ったのですね」
「ええ、そうです。そして、それと逆のことを行ったのが先代王です」
「逆…?」
何が、逆なのか。
「奴隷制度を復活させたのも、貧富の格差を増幅させたのも、通行税を高騰させたのも、テレガスタ先代王の治世です」
「…な、なんで」
なんで、そんな愚かなことを。
「まさに、“愚王”。そう、国民たちから侮蔑されていました」
ルイージは顔色ひとつ変えず、静かにコーヒーをすすった。
「……」
まったく知らなかった。
先代王について、誰も詳しく教えてくれなかったから。
「テレガスタ先代王は…政治の一切を官僚たちに任せていました」
ルイージの目は、どこか遠くを見つめていた。
「要は、飾りの王です」
「……」
リリアンヌは、静かに喉を鳴らした。
教えてほしいと言ったのは自分だけれど――不敬どころの話ではない。
確かにこんな話は、廊下ではできない。
「飾りの王を操った筆頭が、スワハマでした」
ルイージは宙を見つめたまま、ゆっくりと続けた。
「筆頭…?大教主が、政治に口を出していたのですか?」
それは、聖職者としての域を超えているのではないだろうか。
「スワハマは、前宰相です。先代王の時代、ずっとその座に就いていました」
「ええっ…あ、あの方が、宰相…?」
うまく、想像ができない。
「それはもう、やりたい放題でしたよ。隣国へ戦争を仕掛けさせたのも、スワハマです。自分は、王都から一歩も出ないというくせに」
ルイージが、小さく侮蔑的な笑みを浮かべた。
「当時の他の高官たちも、似たようなものでした」
「……」
たった十年前の話だ。
それなのに、どうしても遠い世界の話を聞いている気分になってしまう。
「先ほど、上層部を一掃したと言いましたが…全員を追い出したわけではないのです」
コーヒーを一口飲んだルイージの顔は、いつも通りに見えた。
「ご存じの通り、スワハマは大教主としていまだに強い勢力を持っています。
それから、内務部、財務部の長官は、先代王の時代から変わっていません」
「…あの、質問してもいいですか?」
リリアンヌは、そろそろと手を挙げた。
「もちろんです。どうぞ」
「この国は、君主制なのですよね…?」
「ええ。あなたに、そう説明しましたね」
「それなのに…国王が、高官の方々を交代させられないのですか?」
君主が一切の政治を統治しているのなら、
レックスが、嫌だと思うのならば。
スワハマたちを追い出すことは、できないのだろうか。
「…理由もなく追放したら、内戦を仕掛けられる可能性もあります」
ルイージは、そっと口を開いた。
「えっ」
「それほど、フラディン侯爵…スワハマの一族は、南一帯に強い勢力を持っています」
「…あ」
そうか。
これは、王都だけの話ではない。
セスランディア王国内の話だ。
「それから…北には大きな領を統治している、パルミアという一族がいます」
「!」
パルミア一族――
その名は、よく知っている。
「詳細は省きますが…いろいろなことが重なり、パルミア一族は王都での勢いは落ちました。ですが、北では今も強い勢力を持っています」
「そう…なのですね」
「その二つの勢力を中心に、先代王の時に大きく力をつけた一族たちは、言うことを聞かない現王の存在を疎ましく思っています」
「うっ、疎ましいっ…?」
疎ましいも何も――国王だ。
「どうにか現王に退いてもらい、少しでも早く、ブライアン殿下に王座を継いでほしいと願っているのです」
「なっ…ど、どうしてですか…!?」
意味が、分からない。
セスランディア王家全員を追い出したいと思っているなら、ともかく。
レックスからブライアンへ変わったところで、一体、何が変わるというのか。
「ですから…ブライアン殿下なら、また操れると思っているのですよ」
「…!」
「ブライアン殿下は――そう、評価されているのです」
ルイージは目を伏せ、静かにコップへ視線を落とした。
「……」
リリアンヌは、ぎゅっと口を結んだ。
だから…
ブライアンは、あんなに遠い目をしていたのだろうか。
だから――あんなに、疲れきっていたのだろうか。
「…余計な話をしすぎました。こんなことまで、あなたに言う必要はありませんでしたね」
「絶対に…誰にも言いません」
「…そんなことは、いまさら心配していません」
ルイージが、ふっと小さく笑みを浮かべた。
「話を戻しましょう。先代王の時代に力を得た者たちを中心に、現王の改革に否定的な派閥があります。建前上は、旧きを重んじ、伝統に則る政治を良しとする者たちのことです」
「あ…はい」
さらに、政治の話になった。
「その中でも多くの派閥に分かれていますが…彼ら――一般に保守派と呼ばれる者たちは、情報を共有しています。
特に、中央官の大半は保守派です。
誰が何を話したか、誰と親しくしているか。その程度のことは、あっという間に広まるでしょう。
ですから、あなたには関わってほしくなかったのです」
「そうだったのですね…」
もしかして、それで以前、チャンが図書室の前で待ち伏せしていたのだろうか。
あの時も、誰かが知らせたのかもしれない。
「…騎士様は、どうなのでしょうか」
ふと、疑問が湧いた。
「王国騎士の方々も、貴族出身なのですよね?」
「彼らは騎士になる時、主である国王に忠誠を誓っています。ですから出身に関わらず、派閥とは無関係です」
ルイージがすぐに答えた。
「なるほど…ん…?」
そうなると、矛盾しているところがある。
「それなら、国内で戦争は起きないのではないですか?」
「どういうことです?」
「ええと…それぞれの領には、兵を指揮する騎士の方たちがいらっしゃるのですよね?」
リリアンヌは、首を傾げながら尋ねた。
「その通りです」
「それなら、いくら領主が内戦を企てても、騎士の方は協力しないのではないですか?」
「ああ…建前だけでしたら、そうなりますね」
「?」
「…あなたに中途半端な答えはいけませんね」
ルイージは、静かにモノクルの位置を直した。
「国王に忠誠を誓っても、一族繁栄のために動く騎士は多くいます」
「…それって、いいのですか?」
「もちろん、駄目ですよ。国王を裏切るようなことをしたら…表立って盾突けば、騎士の座も命も奪われます」
「…!」
ひゅっと息を呑んだ。
「ですから、表面上は国王に忠誠を誓っている。その実、一族の利益となるよう水面下で動いている、というところでしょうか」
ルイージは事もなげに答えた。
「……」
それって――
本当の意味で、国王の味方はいないのではないだろうか。




