待ち受ける洗礼④
リリアンヌ視点
「…なぜ分かる」
「ご存じのはずです」
「…あ?俺は知らねぇ」
「…陛下なら、ご存じのはずです」
リリアンヌは、もう一度言い直した。
「…!」
レックスは、わずかに目を見開いた。
『王は百年以上を生きたが、ちからを使いすぎ、
己に加護を授けた精霊の消滅と共に、眠るがごとく没した』
代々王にしか伝わらない、【真セスランディア王国記】の第一章――
“物語”では、王となったブライアンが、その内容を仲間たちに教えてくれる。
聖典ではただ、加護を授けた精霊と共に安らかに息を引き取ったと記されていた。
精霊が消滅したとは、一言も書かれていない。
加護のちからを使いすぎると、
精霊が消えてしまうということを、国は隠した。
きっとこの事実を知っているのは、国王と私だけだろう。
それを――あえて今、口にした。
精霊を、道具か何かと勘違いしているのではないか。
霊拝師たちには、協力したいと思っている。
だけど、スワハマはまるで、名を売るためにそのちからを使えと言う。
霊拝師たちすらも、利用している。
国王だって、そうだ。
スワハマにいい思いをさせたくないから、私を渡したくないと言っているように聞こえる。
たったそれだけの理由のために。
精霊も、
霊拝師も、
騎士たちも。
全部、馬鹿にしている。
「…お前が、なぜそれを知っている」
レックスが、静かに口を開いた。
「知っているとしか言えません」
リリアンヌは、きっぱりと答えた。
「誰に聞いた」
「誰に聞いたわけでもありません。知っているとしか、言えません」
「てめぇ…」
レックスの声が、低くなった。
「ルイージ」
「陛下、冷静になってください」
呼ばれたルイージは、すぐに首を振った。
「状況を、よく考えてください」
「…ちっ」
レックスはリリアンヌから視線を離すと、背もたれに深く寄りかかった。
「別にいい。時間はたっぷりある」
「…?」
リリアンヌは、小さく首を傾げた。
今の二人のやり取りは、何だったのだろう。
「リリアンヌ。お前は、加護のちからを使いたくないのか」
レックスは、何事もなかったかのように切り出した。
「…まだ、加減が分かりません」
途端に、弱気な言葉が口を衝いて出た。
「試さなきゃ、いつまでも分からないままだ」
「……」
それは…その通りだ。
「リリアンヌ殿下は、そのちからをご自身のためだけに使いたいと。そうおっしゃるのですか」
ひやりと冷たい声が、会議室に響いた。
「…!」
ぎくりと、肩が揺れた。
「民を、見捨てると。王族である、あなたが」
「スワハマ大教主、言葉が過ぎます」
ルイージが鋭く言った。
「ふん…果たして、そうかな。リリアンヌ殿下は、ご自身の立場を理解していらっしゃらないようだ」
スワハマは、リリアンヌをじとりと睨んだまま続けた。
「屋敷に閉じこもることが、王族の役目だとでもお思いで?民がどれほど救いを求めているか、ご存じないと…?」
「…協力、します」
「リリアンヌ殿下…!」
「霊拝師様に、協力します。それでいいでしょうか」
リリアンヌはルイージの視線を避けたまま、早口で言い切った。
白のちからなら、
それなら、スノウのちからは使わずに済むから。
「おお~、さすがリリアンヌ殿下ですな!」
スワハマの声色が、いつもの調子に戻った。
「なあに、大聖堂で暮らす必要はない。あなたは、今まで通り屋敷から通ってくだされば十分だ!」
「……」
どんどん頭が下がっていった。
分かっている。
自分で、自分の首を絞めた。
「週に一度だ」
鋭い声が割って入った。
「週に一度、リリアンヌを大聖堂に貸す。必ず、護衛にアランフォースをつける」
「!」
リリアンヌとスワハマは、同時にレックスへ顔を向けた。
「異論は許さない。分かったな」
レックスは、ぎろりと二人を順に睨みつけた。
「…御意に」
スワハマは、不満そうに頭を下げた。
「……」
リリアンヌは、戸惑うように眉を寄せた。
どうして今、助けてくれたのだろう。
それに…護衛に、アランフォースがつく…?
「話は終わったな。スワハマ、チャン、お前らは退出しろ」
「また…随分、勝手な」
「まだ、話があるのか?」
「…ご厚意、感謝いたします」
スワハマは苦々しげに言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「行くぞ、チャン」
「…ええ」
チャンは答えながら、じっとリリアンヌを見つめていた。
目が合うと――にちゃぁ…と笑みを広げた。
「…!」
リリアンヌは、小さく息を呑んだ。
チャンはすぐに表情を戻し、扉に向かうスワハマに続いた。
「リリアンヌ」
「はいっ…」
慌てて、扉から視線を外した。
「他の日は、今まで通り登城しろ」
レックスは扉を見つめながら、とん、とん、と指でテーブルを叩いた。
「…何をすればいいのでしょうか?」
もう、加護のちからがどんなものかは大方分かったはずだ。
遠回しに、ちからを試したくないとも言った。
「一緒だ。この国のことについて、隣の奴から学べ」
「!」
国王は――ルイージとどんな会話をしているか、知っている。
「今日はもう帰れ。扉の外にいる護衛が、お前を屋敷まで送る」
「…分かりました」
リリアンヌは腰を上げ、レックスに向かってお辞儀した。
「ご厚意に、感謝申し上げます」
スワハマと、同じ言葉になってしまったけれど――
謝りたくは、なかった。




