待ち受ける洗礼②
リリアンヌ視点
「…続きは、執務室でしますか」
ルイージが、扉の方へ体を向けた。
ようやく、馬車が止まったことに気が付いた。
「…ルイージ宰相」
扉を開ける前に、ウェイバーが素早く耳打ちをした。
「…なに?」
ルイージの顔が、みるみる険しくなった。
「…御者に、このまま馬車を一周させるよう伝えてくれますか」
「分かりました」
ウェイバーは頷くと、扉を小さく開けて出ていった。
「…?」
リリアンヌは、不思議そうに首を傾げた。
馬車を一周させることに、どんな意味があるのだろう。
「ルイージ宰相!一体、どこへ行くというのか!」
叫ぶ声が、わずかに開いた扉の隙間から届いた。
「もう、ここは北館の前ですぞ!」
「…くそ、強引すぎるだろ」
ルイージが、小さく悪態をついた。
「…この声」
この声は――ついこの間、聞いたばかりだ。
「…仕方ありません。リリアンヌ殿下、降りましょう」
「…はい」
「…我々が前に立ちます」
もうひとりの騎士が腰を浮かせ、扉に手を掛けた。
「ええ、助かります」
ルイージは答えながら、騎士に続いた。
「リリアンヌ殿下、あなたは余計なことは何も言わなくていいですから」
「…分かりました」
リリアンヌはルイージの手を借り、外へ踏み出した。
「…!」
顔を上げた瞬間――ぎくりと肩を震わせた。
馬車の外には、多くの人たちが待ち構えるように立っていた。
「リリアンヌ殿下!このたびの討伐、お見事!さすがでしたな」
中央に立つ男が、こちらに向かい、ゆっくりと拍手を送った。
「やはり、精霊のちからは本物だったようですな!まったく、誰も儂の言葉を信じやしないから、こういうことになる」
動くのに合わせ、体中に着けている宝石が、じゃらじゃらと揺れた。
「…スワハマ大教主。こんなところで、何の用でしょう」
ルイージが、リリアンヌを隠すように立った。
「おや、労いの言葉を掛けることも許されないと。
あなたは、いつからそんなに独占欲の強い男になってしまったのか」
スワハマが、がははっと腹を揺らして笑った。
「リリアンヌ殿下、アイラの白のちからを底上げなさったと聞きましたぞ。いやはや、見事、見事」
「…スワハマ大教主、労いの言葉をありがとうございます」
リリアンヌは、その場で小さくお辞儀した。
これだけ名を呼ばれているのに、黙り続けるわけにはいかない。
「どうです、リリアンヌ殿下。霊拝師になるまいか?」
「…!?」
「何をおっしゃっているのですか、スワハマ大教主」
ルイージが素早く返した。
「リリアンヌ殿下はアイラ殿にちからを貸しただけで、白の使い手ではありません。霊拝師になることはできませんよ」
「だが、殿下がちからを貸してくだされば、救える民も増えるでしょうぞ」
スワハマは、リリアンヌに目を向けたまま答えた。
「それとも、なんですかな。リリアンヌ殿下は、その偉大なるちからを、下々のために使いたくないとでも思っていらっしゃるのか」
「…っ」
リリアンヌは、ぎゅっと拳を握った。
「いい加減にしてください…!」
ルイージの口調が、強まった。
「まだ、殿下がどのようなちからを持っていらっしゃるのかもはっきりしていません。それを解明する役を陛下より承っているのは、私です!」
「では、協力してやろうか?」
「はあ…?」
「ルイージ宰相、あんたは忙しい身だ。仕事の傍らでは、一生リリアンヌ殿下のちからを解明することはできぬだろう」
スワハマはそう言って、後ろに並ぶ者たちの方へ顔を向けた。
「ここまで来い、チャン」
「はいっ」
呼ばれた文官が、並ぶ者たちの中から姿を現した。
「…う…」
思わず、一歩後ずさった。
「リリアンヌ殿下、こやつは、特別なちからについて最も知識を持つ者でしてな」
スワハマは言いながら、にいっと笑みを広げた。
「ああ…その様子だと、どうやらすでに知り合いのようですな」
「リリアンヌ殿下、一週間と四日ぶりですねぇ」
チャンは、はぁ、はぁ、と荒い息混じりに口を開いた。
「あ、相変わらず、お美しい…」
「……」
ルイージが、さっと片手でリリアンヌを隠した。
「僕は、特別なちからについて多くのことを学んできました。
リリアンヌ殿下のお役に立てるならば、どんなことだっていたします」
チャンは、ふらりと一歩足を踏み出した。
「…ぐふふっ」
「…!」
ぞぞっ…と鳥肌が立った。
「あなた様のその素晴らしき能力に、思い当たるちからがあるのです」
チャンは構わず、さらに言葉を続けた。
「じっくり、ゆっくり…僕と、お話しませんか?」
まっすぐリリアンヌを見つめたまま、粘つく笑みを浮かべた。
「――面白そうな話をしているな」
「…!」
北館の方から聞こえた声に、
その場にいた全員が、一斉に頭を下げた。
「おい、チャン。俺もその話に興味がある」
建物の影から、国王が現れた。
授与式の時のままの姿だ。
その後ろには、エドガーとアランフォースが控えている。
「…これはこれは、陛下。なぜ、こんなところに?」
スワハマが、頭を上げながら尋ねた。
「興味深い話が聞こえたからな。本館から飛んできた」
レックスが事もなげに答えた。
「…祝宴の参加は、どうされたのですかな?」
「問題ない。お前が気にするな」
「問題ない…?主役であるアランフォース殿も引き連れて、問題ないと?」
「……」
アランフォースは、とっくに冠を外していた。
「ゲイソン、すぐに部屋を用意させろ」
「はっ」
レックスの言葉に、リリアンヌについていた護衛――ゲイソンが、素早く北館の中へ駆けていった。
「…陛下、こんな勝手なことをされては困りますな」
スワハマが、ゲイソンを目で追いながら口を開いた。
「勝手なことをしているのは、どっちだ」
「儂が、勝手なことをしていると?出入りの許されている場所で、偶然出会ったリリアンヌ殿下とお話していただけですぞ」
「はっ…ご丁寧に腰巾着を引き連れて偶然とは、厚かましいな」
「公務を抜け出している者が、何を…」
「全員、ついて来い」
レックスはスワハマを無視し、北館の方へ体を向けた。
「ああ…お前の腰巾着どもは、チャン以外置いていけ」
「……」
スワハマは、レックスの背中を睨みつけながら足を進ませた。
「…行きましょう」
「…はい」
リリアンヌはルイージの横に並び、スワハマの後ろから続いた。
その後ろをウェイバーが護りながら進み、
最後に、チャンがひとりで歩いた。
前を見ていても、一番後ろから、舐め回すような視線を感じた。




