第一章Ⅰ(はじめての冒険と出会い)③
リリアンヌ視点
「!?…っは、はぁっ…!」
リリアンヌは両手を地面につけると、その場でうずくまった。
「けほっ…っあ…!」
うまく息が吸えない。
息苦しい。
汗が噴き出てきた。
こんなこと、初めてだ。
「――ゆっくり呼吸を繰り返せ」
「…!」
大きな手が、背中をさすった。
「ちからを使うことは、体力を奪うということだ。お前は、持っている以上のものを使いすぎた」
「た、体力を、う、奪うの…?」
「坊主…白の使い手か」
「な、な、治った…?」
「ああ、治った。この怪我を治すとは、お前は相当な使い手だ」
「…よ、良かった」
リリアンヌは涙目になりながら、背中をさする男に顔を向けた。
「良くねぇ。そんな簡単にちからを使うな」
男は痣のなくなった顔で、ぎろりとリリアンヌを見下ろした。
「…あ?その瞳…」
「…!」
リリアンヌは体を起こし、慌てて帽子をかぶり直した。
「…すまねぇ、嬢ちゃんだったか」
男は、静かに背中から手を離した。
「呼吸は、落ち着いたな」
「…左腕が治ってない」
リリアンヌは下を向いたまま、小さな声で呟いた。
「あ?これか?これは、ずっと前になくしたもんだ」
男は、肘から先のない左腕に視線を落とした。
「なくしたもんを生やすのは、上級霊拝師にしかできねぇ」
「…フロース?」
「それで、嬢ちゃん。ここで、何をしていた」
「……」
「…俺はギタンだ。嬢ちゃんの名は?」
「…リリィ」
咄嗟に愛称を答えた。
「リリィ。さっきも言ったが、ここは危ねぇ。助けてくれた礼に送ってやるから、帰れ」
「……」
リリアンヌは下を向いたまま、再び口を閉じた。
「家の場所が分からねぇのか?お前のところの家名を教えてくれれば、だいたい分かる。――ほら、立て」
ギタンは立ち上がると、しゃがみ込んだままのリリアンヌに右手を差し出した。
「得体の知れない爺に送られるのは不安か?こう見えても、俺は元騎士だ。用心棒くらいにはなる」
「…騎士様なの?」
リリアンヌは、ゆっくり顔を上げた。
「元、な。おい、帰るぞ」
「…ギタン様」
「様なんて要らねぇ」
「ギタン。お願いがあるの」
「…何だ」
「私ね、ここで、白のちからの使い方を知りたい」
リリアンヌは、まっすぐギタンを見つめた。
「…あ?」
「白のちからは、使えば使うほど鍛えられるでしょう?」
“物語”では、そうだったから。
「だから、もっと白のちからを使いたいの」
「…リリィ。お前が白のちからを持っていることは、誰が知っている?」
ギタンは差し出した手を引っ込めると、リリアンヌの前にそっと屈んだ。
「まだ、誰にも言ってない。ギタンが初めて」
「それならまず、親に伝えろ。そうすりゃ、親が国に報告する」
「…でもそうしたら、セスランディア大聖堂に入らなきゃいけないでしょう?」
「霊拝師になりゃ、嫌でも白のちからを鍛えられる」
「…まだね、霊拝師になりたくないの」
リリアンヌは間を置いて答えた。
「…それは、無理だ」
ギタンは、静かに首を振った。
「…?何が無理なの?」
「霊拝師になりたくない気持ちは分かる。親元を離れるのが嫌なんだろうが、白のちからを使いたいというのなら別だ。そのちからを勝手に使うことは許されねぇ」
「えっ、どうして?」
「お前自身が、危険になるからだ」
「危険…?」
リリアンヌはさらに首を傾げた。
「…お前には、学ぶべきことが山ほどあるな」
ギタンは、溜息混じりに呟いた。
「霊拝師についての説明は、俺より適任者がいる。…行くか?」
「どこに?」
「薬療院に」
ギタンは即答した。
「…やくりょういん?」
「薬を作って、必要な奴に渡す場所だ」
「聖院に併設されている、治療院のことじゃなくて?」
「治療院と薬療院は別物だ。俺が言ってるのは、貧民区の薬療院のことだ」
「貧民区?貧民区なんてあるの…!?」
「あ?ああ、それも知らねぇのか。ここは、四塔近くの貧民区だ」
「…四塔?」
先ほどから、聞きなれない単語ばかりだ。
「…とにかく、ここから移動するぞ。行くのか帰るのか、どうする」
「ええと…その薬療院は、ここから遠いの?」
昼になるまでには、エラドリオール邸に帰らなくてはいけない。
「ここから十分もかからねぇ」
「じゃあ、行く」
リリアンヌは、すくっと立ち上がった。
「……」
「…なあに?」
「…お前には、警戒心ってもんがないな」
ギタンは立ち上がると、マントを頭から深くかぶった。
「行くぞ。…俺の傍を離れるなよ」
「うん…!」
リリアンヌは嬉しそうに頷くと、前を行くギタンに続いた。




