第一章Ⅰ(はじめての冒険と出会い)②
リリアンヌ視点
二十分ほど歩くと、陽の光が漏れ出る場所へ辿り着いた。
「うわぁ…」
リリアンヌは天井を見上げ、小さく息を呑んだ。
円形にくり抜かれた古い石造りの空間が、遥か上まで続いている。
壁沿いには、地上へ伸びる螺旋階段が巻き付き、何重にも円を描いていた。
階段はところどころ石が欠け、崩れかけた場所もある。
手すり代わりの低い石柱もひび割れ、足を踏み外せば落ちてしまいそうだ。
跳躍のちからを使いながら、慎重に長い階段を上っていった。
地上に出ると、森の中だった。
“物語”通りなら、ここはもう城下町のはずだ。
右側に、森の先にある城壁の上部が、わずかに見えている。
先ほどの第二城壁と違う、町を護る第三城壁だろう。
ということは、ここは城下町のかなり端に位置するらしい。
「……」
リリアンヌは帽子を深くかぶり直すと、左側へ進んでいった。
森は、不気味なほど静かだ。
巡回している兵士がいたらどうしようと思ったけれど、
人どころか、動物の気配も感じられなかった。
しばらく進むと、鬱蒼と茂っていた樹々が途切れ、ようやく視界の先が開けた。
その瞬間――ひどい悪臭が鼻を突いた。
汚物や、腐った動物の死骸が混ざり合ったような匂いだ。
「…ええ…?」
目の前に広がった光景に、リリアンヌは愕然とした。
建物は、ある。
だけど広がっていたのは、活気とはほど遠い、陰気で湿った場所だった。
陽の光は届いているはずなのに、なぜか薄暗い。
泥道には、濁った汚水が溜まっている。
並ぶ建物はどれも古く、壁は黒ずみ、木材は腐りかけていた。
窓は割れ、傾いたまま無理やり支えられているものもある。
汚れた道端には、ところどころで人が寝そべっていた。
何をするでもなく、宙を見つめている。
人の姿を見つけた安堵より、衝撃の方が強かった。
ここは…本当に城下町の中なのだろうか。
間違えて、第三城壁よりさらに外側へ出てしまったのではないだろうか。
“物語”に出てくる、賑やかで明るい王都の雰囲気とはまったく違う。
市場や商店通りなんて、どこにもなかった。
「…おい、あれ」
「…なんだぁ、あのガキ」
道端に佇む男たちが、リリアンヌに視線を向けた。
「…!」
リリアンヌは、足早に通りを進んだ。
明らかに、白すぎる上衣が浮いている。
町に馴染むと思った服装が、ここではひどく場違いだった。
いざとなれば、跳躍のちからで逃げることはできる。
まだ、帰れない。
ここが本当に城下町なのかを確認するまでは、エラドリオール邸へは戻らない。
人目を避けるように通りを進み、細い路地へと入り込んだ。
人けもなく、陽の光もほとんど届かない。
「…!?」
リリアンヌは、ぎくりと足を止めた。
路地の端に、マント姿の男が塀にもたれかかるように座っていた。
一目見ただけでは、生きているのかどうかも分からない。
「……」
慎重に足を進め、そっと男へ近づいた。
目は閉じているけれど、肩がわずかに上下している。
頭にかぶっていたマントがずり落ち、俯く横顔が見えている。
白髪交じりの、壮年の男性だ。
ステファンよりは若そうだ。
なんだろう。
先ほど見かけた人たちとは、雰囲気が違う。
年齢は違うけれど、どことなく父に似ている。
体躯がいいからだろうか。
なぜか――放っておけなかった。
「……」
リリアンヌは両手を地面につけて屈み、男の顔を下からそっと覗き込んだ。
顔中に殴られた跡がある。
服が破け、ぼろぼろだ。
マントの下から覗く左腕は、肘から先がなかった。
肘の先は塞がれ、先端が丸く変形している。
これは、最近失ったわけではなさそうだ。
「…あっ!」
指に違和感を覚え、咄嗟に手を持ち上げた。
地面に触れていた指先が、べったりと赤く染まっている。
男の足元には、大きく血だまりができていた。
よく見たら、肩から胸にかけて、マントごと大きく斬られている。
一体どんな争いをしたら、ここまで大怪我をするのだろう。
「――おい、坊主」
「わっ…!」
真上から聞こえたしゃがれ声に、リリアンヌはびくりと肩を震わせた。
「こんなところで、何している」
男が薄く目を開け、屈むリリアンヌをぎろりと見下ろしていた。
「あ…あの」
「迷子か?ここは、危ねぇ」
「ごめんなさ――え?」
「この先をずっと進めば、大通りに出られる」
男は震える右手を持ち上げると、横に繋がる小道を指さした。
「…だ、大丈夫ですか?」
声も掠れ、苦しそうだ。
「さっさと、戻れ…」
男は言い終わると同時に、持ち上げた手を垂らして目を閉じた。
「…!」
リリアンヌは、咄嗟に男の手を両手で握った。
男の体が――白い光で包まれた。




