褒章授与式④
サム視点
大正門前の大広場が、町の人たちで埋め尽くされている。
煙突の上からの見やすさを覚えてしまったら、絶対にあの中で見る気は起きない。
喇叭の合図が鳴り響き――国王が、壇上に現れた。
その瞬間、大歓声が上がった。
「うわぁ~…!王様、かっけぇ~…!」
隣では、いつものようにメルが興奮している。
国王は、黒の騎士のような格好に、裏地が赤いマントを着けていた。
相変わらず、迫力がある。
左右に並ぶ騎士たちより体は小さいはずなのに、誰よりも大きく見えるから不思議だ。
「かっけぇ~…すっげぇ~…」
メルの呟きは、止まらない。
「皆に、大事な話がある」
国王の低い声が、響き渡った。
「異形の存在。
ここ数年、お前たちが何度も耳にしている言葉――突然現れる、黒い巨大な化け物の話だ」
異形の存在。
孤児院に置かれる絵本の中にも、その名は登場する。
「異形の存在を見たことがないお前たちにとっては、空想上の生き物かもしれない。
物語に出てくる、化け物のひとつかもしれない」
真っ黒な巨人の化け物。
ある時は村を滅ぼし、ある時は、百を超える人たちを一瞬で焼き尽くす。
「だが、異形の存在は実際、この世に存在している。
今まで奴が現れるたびに、何十、何百もの尊い命が失われてきた」
どこまで本当かは知らないけど、毎回、多くの人たちが命を落としている。
騎士や兵士が護ってくれているから、王都には異形の存在が現れないとシルヴィアは言っていた。
「数日前、とうとう我が王領にも異形の存在が現れた。
ダコレアの森の近くにある、ダコマ村が狙われた」
聞いたこともない土地名だ。
だけど騒めきが起こるということは、王都から近い位置にある場所なのだろう。
「この中に、知人が住んでいる者もいるだろう。
心配している者もいるだろう。だから、さっさと結果を伝えよう」
こういう時、国王はいつも犠牲者の数を発表する。
「犠牲者、なしだ」
鋭い声が――体の芯に、突き刺さった。
「今回の討伐では、犠牲者どころか、怪我人すらも出なかった。ひとりもだ」
そんなこと…初めてだ。
怪我人すらもいないなんて、あり得るのだろうか。
「我が国が誇る騎士、国王直属騎士団副団長アランフォースが、一撃で異形の存在を仕留めた。
国一番の白の使い手である霊拝師アイラが、傷ついた兵士たちを治した」
二人とも、この町の有名人だ。
前回も、国王から名を呼ばれていた。
「何より――王族、リリアンヌ・エラドリオール」
「…!」
サムの肩に、力が入った。
「わずか八歳にして、四百年ぶりに精霊の加護を授かった」
八歳…
年齢も、合っている。
「彼女が、異形の存在の災害のようなちからを抑えた。
彼女が、白の使い手と協力し、大勢の兵士を治した…!
彼女が、犠牲者を出すことを許さなかった!」
二年前に、
死にかけていた自分を治してみせた、白の使い手――
「我が、愛しの姪を紹介しよう!」
国王が後ろを向き、誰かを招くように手を伸ばした。
振り返ったまま、動かない。
その間、大広場の人々はじっと待っていた。
国王の手に引かれ――黒髪の少女が現れた。
「…えっ!え…ええっ!?」
隣で弟が、身を乗り出した。
「にっ、兄ちゃん、あ、あ、あれ…!」
メルは震える指で、現れた少女を指した。
「あ、あれ!リリィだよね…!?」
「…やっぱり」
サムは、はぁ…と深い溜息をついた。
「彼女が、私の姪であるリリアンヌだ!」
リリィは――リリアンヌだった。
王の弟の、娘だった。
昨日から、町中でひとつの噂が飛び交っていた。
――王弟の娘が、精霊の加護を貰ったらしい
――破壊王ロデオが溺愛するあまり、お屋敷に閉じ込めてるって噂の姫様だ
――とんでもなく美しくて、まるで彼女自身が精霊のようだとか
――その姫様が、巨人の化け物を倒しちまったって!
王都中が、王弟の娘の話で持ちきりだった。
その時から、なぜか確信めいたものを持っていた。
物語から抜け出してきたような、不思議な少女。
話し方や仕草、世間知らずなところから、どこかの貴族のお嬢様だとは思っていた。
貴族どころか、王族の娘だったとは。
「……」
サムは、もう一度壇上の方へ視線を向けた。
リリィは、真っ白なドレスを着ている。
孤児院に来ていた時には、考えられないほど豪華な格好だ。
肩の辺りに、淡い白い光が見えた。
もしかしたら、あれが精霊なのかもしれない。
ここへ来る前に、シルヴィアから、精霊は光っていると聞いた。
その小さな頭が、きらりと光った。
真っ黒な髪に、金色に光る冠が斜めにかぶせられている。
リリィが大広場へ視線を落とし、そっと手を上げた。
再び、わっと大歓声が上がった。
何もかもが、遠い存在に思えた。
「リリィ…きれいだね」
隣で、メルがぽつりと寂しそうに呟いた。
「もう、孤児院に来てくれないのかな」
「……」
サムは、静かに口を噤んだ。
たった半年しか一緒にいなかったのに、リリィとのことはよく覚えている。
ずっと、心配だった。
あんな別れ方をしてしまったから。
『サム…本当に、ごめんね』
あの時のことを、何度でも思い出す。
自分の情けなさを、リリィに押し付けた。
惨めにさせるなと、怒鳴りつけた。
リリィは、一度も自分たちを差別しなかったのに。
心から笑って、楽しそうにしていたのに。
大切な友達だ、と言ってくれたのに。
あの、つらそうな顔が、
何かに耐えているような顔が――
頭にこびりついて、離れない。
あの顔をさせたのは、オレだ。
ギタンは、ほとぼりが冷めたらまた来ると言っていたけど、
もう…きっと、会うこともない。
自分たちが元気でいることを、
リリィが知っていてくれれば、それでいい。
――だけど。
どうしてまだ、あの顔を浮かべているのだろう。
あれだけの歓声を受けて、どうして悲しそうな顔をしているのだろう。
もし…
もう一度、リリィが孤児院に来てくれたら。
また、友達と言ってくれるだろうか。
また――あの笑顔を、見せてくれるだろうか。
いつまでも、遠い壇上から目を離せなかった。




