褒章授与式③
リリアンヌ視点
「異形の存在。
ここ数年、お前たちが何度も耳にしている言葉――突然現れる、黒い巨大な化け物の話だ」
「…!」
リリアンヌは、小さく息を呑んだ。
異形の存在の名が、隠されていない。
「異形の存在を見たことがないお前たちにとっては、空想上の生き物かもしれない。
物語に出てくる、化け物のひとつかもしれない」
腹の底から出している、迫力のある声は――
「だが、異形の存在は実際、この世に存在している。
今まで奴が現れるたびに、何十、何百もの尊い命が失われてきた」
引き込まれるような話し方だった。
「数日前、とうとう我が王領にも異形の存在が現れた。
ダコレアの森の近くにある、ダコマ村が狙われた」
地名が出た瞬間、町がざわついた。
「この中に、知人が住んでいる者もいるだろう。
心配している者もいるだろう。だから、さっさと結果を伝えよう」
国王の言葉に、再び聴衆が静まり返った。
「犠牲者、なしだ」
その声が、響き渡った。
「今回の討伐では、犠牲者どころか、怪我人すらも出なかった。ひとりもだ」
「……」
リリアンヌは、静かに喉を鳴らした。
こんな話し方もできるなんて。
とても、異形の存在の前で睨み合った相手と同一人物とは思えなかった。
「我が国が誇る騎士、国王直属騎士団副団長アランフォースが、一撃で異形の存在を仕留めた」
国王の声が、どんどん大きくなっていく。
「国一番の白の使い手である霊拝師アイラが、傷ついた兵士たちを治した」
町中に響かせるよう、さらに声を張った。
「何より――王族、リリアンヌ・エラドリオール」
「…!」
思わず、びくりと肩を強張らせた。
「わずか八歳にして、四百年ぶりに精霊の加護を授かった」
静かだった町から、ざわっ…と騒めきが起きた。
「彼女が、異形の存在の災害のようなちからを抑えた。
彼女が、白の使い手と協力し、大勢の兵士を治した…!」
国王は、起こった騒めきに負けないほどの大声を張り上げた。
「彼女が、犠牲者を出すことを許さなかった!」
今日一番の大声が――町を貫いた。
「我が、愛しの姪を紹介しよう!」
「えっ」
振り返ったレックスは、まっすぐリリアンヌへ目を向けた。
「…壇上へお進みください」
ルイージが、固まるリリアンヌの耳元で囁いた。
「…は、はい」
ゆっくりと、足を踏み出した。
国王は壇上で振り返ったまま、黙ってこちらを見ている。
どうして、こんな急に。
まだ、心の準備ができていないのに。
階段を上がりきると、レックスが手を差し出した。
「……」
リリアンヌは、そっとその手を取った。
「わっ…!」
ぐいっと手を引かれ、数歩、たたらを踏んだ。
レックスはリリアンヌの肩を掴むと、そのまま横に並ばせた。
「…っ!」
下を見た瞬間――ひゅっと息を呑んだ。
町中が、人で溢れている。
道にも建物の隙間までも、見渡す限り、ぎっしりと埋まっていた。
誰もが、こちらへ目を向けている。
「彼女が、私の姪であるリリアンヌだ!」
真横でレックスが叫び、びりびりと振動で体が揺れた。
「皆、この国に、精霊の加護を持つ者が現れたぞ!――誇れ、喜べ!」
その言葉と同時に――
爆発したかのような大歓声が上がった。
「リリアンヌさまぁー!」
「姫様だ!」
「なんて可愛らしい…!」
全員が、笑顔だ。
こちらに向かい、大きく手を振っている。
「国をまもってくれて、ありがとうー!」
「…!」
リリアンヌは、はっと目を見張った。
「討伐してくれて、ありがとうー!」
「加護だなんて、すごい!」
歓声も拍手も、いつまでも続いた。
「……」
鳥肌が、止まらない。
迫力に、圧倒される。
この湧き起こる感情は、一体何なのだろう。
「…これが民の声だ」
「…え?」
リリアンヌは、そっと隣の人物を見上げた。
「城内の狭い世界だけを見るな。精霊の加護を貰ったことを、お前自身が誇れ」
レックスは町へ目を向けたまま、笑みを浮かべていた。
「お前の味方は、これだけいる」
「…!」
一瞬で、涙が溢れた。
「陛下」
二人の後ろから、従者が赤い台座を持って現れた。
台座の上には、きらきらと輝く冠が置かれている。
レックスはリリアンヌの肩から手を離すと、「しゃがめ」と合図した。
「……」
少し悩んだ後、国王へ向かってカーテシーのお辞儀をした。
レックスは従者の持つ台座から、両手で冠を持ち上げた。
そのまま、リリアンヌの頭の上まで持っていき――
ぴたりと、手を止めた。
「……」
二人で、黙り込んだ。
明らかに、冠が大きい。
このまま載せれば、首まで落ちてしまいそうだ。
「…仕方ねぇな」
レックスは冠を大きく傾け、頭の前に引っかけるように載せた。
「…あはっ」
思わず、堪えていた笑みがこぼれた。
「笑えるじゃねぇか」
「…!」
「その顔で、民に手を振れ」
レックスは、もう一度リリアンヌの手を取った。
「……」
再び、町へ視線を落とした。
「リリアンヌさまぁー!」
「姫様、おめでとう~!」
まだ、歓声は続いている。
恐る恐る、手を上げた。
それに合わせるかのように、わっと歓声が大きくなった。
これが――町民。
“デューゼの森の悪夢”が起こってしまったら、
異形の存在の大群が攻めてきたら。
この中の、どれくらいの人たちが犠牲になってしまうのだろう。
マドカがいない今、それを止められる可能性があるのは私しかいない。
「リリアンヌ様、ありがとー!」
「まもってくれて、ありがとうー!」
惜しみなく声を送ってくれる人たちを、
笑顔で手を振ってくれる人たちを――
どうすれば、助けることができるのだろう。




