わずかに近づく距離②
エドガー視点
行きと違い、帰りは、随分とゆっくり馬を走らせた。
心なしか、馬の足取りが軽い。
後ろに続く部下たちの気配が緩んでいるのも、気のせいではないだろう。
高く陽が昇り、暖かい。
油断すると、自分までうたた寝をしてしまいそうだ。
前を走る男も、疲れているだろうに、いつも休まず帰路を急ぐ。
いつでも、生き急いでいる。
ただその背は、いつもよりずっと伸びていた。
「……」
エドガーは、ちらりと斜め後ろを走る馬へ視線を向けた。
リリアンヌは、アランフォースの体に背中を預け、ぐっすりと眠っていた。
前に放り投げている両手の上では、
ふくろうの精霊が気持ちよさそうに日光浴をしている。
「…ふ」
正面に顔を戻し、漏れた笑みを隠した。
随分と、アランフォースに懐いたものだ。
いや、アランフォースがリリアンヌに懐いたのか。
もともと、リリアンヌのことは知っていた。
レックスへの謁見の際、ロデオに連れられた赤子の頃の彼女を見たことがある。
泣きも笑いもせず、じっとレックスを見つめる彼女の顔が、やけに印象的だった。
ブライアンの誕生祭の日――
精霊の加護を貰った彼女は、終始震えていた。
まるで、加護を貰ったことが悪いことのように。
実際、レックスは容赦なく彼女を質問攻めにした。
少しは手加減すればいいものを…
だが、あの場にはスワハマもいた。
レックスの性格上、ああしなければ気が済まないことは分かっていた。
それでもリリアンヌが、泣きもせず受け答えしたことに、内心舌を巻いた。
この三週間、彼女が、加護のちからを一生懸命試していることは知っていた。
ルイージが、毎日レックスへ報告を入れていた。
ブライアンに協力させろと提案したのも、レックス自身だ。
そのうえで、会議室で茶番を演じた。
リリアンヌを、試したのだ。
あそこで嫌がれば、レックスも討伐に連れては来なかっただろう。
だが、彼女は行くことを決意してしまった。
…精霊の加護か。
この無防備な顔で寝ている少女は、自分がどれだけ偉業を成し遂げたか気付いているのか。
異形の存在の討伐のたびに、大勢の騎士や兵士が死んだ。
それは、国王直属騎士団も例外ではなかった。
実際、二つ前の討伐では多くの部下を失っている。
国民を守るための、必要な犠牲。
それが、当然だった。
――犠牲者、なし。
後から現地兵よりそう報告を受けた時は、さすがに聞き間違いを疑った。
何ができるか分からないと言っていたリリアンヌが、アイラに力を貸し、全員を治した。
危篤者も含め、すべて治った。
何度も討伐に参加してきたが、こんな功績は初めてだ。
確かに、運も良かったかもしれない。
今回の異形の存在は、村の崖下まで移動すると、登ることに意識を向け、そこから動こうとしなかったらしい。
そのことにより現地兵も、比較的安全な場所から拘束杭に繋がる鎖を引き続けることができた。
ただ…あの、肉をも溶かしそうな攻撃を食らっていたら。
国王直属騎士団の中でも、死人は出ていただろう。
少なくとも、異形の存在の心臓を貫く役のアランフォースは、前回のように火傷で済んでいなかったはずだ。
異形の存在のちからを封じ、反撃を許さない。
白の使い手に力を貸し、五十人近くいた重傷者を一気に治してしまう。
眉唾ものだった加護のちからは、確かなものだった。
『足手まといにならないよう、気を付けますので…』
足手まといどころか、
たったひとりで、騎士と霊拝師百人分の働きをしてしまった。
『真実を知っているのに、どうして精霊のせいにできるのですか…!』
『私に、異形の存在の討伐を任せてください』
「……」
エドガーは、わずかに顔をしかめた。
彼女は加護を貰ってから、ずっと不安そうだった。
泣いてしまいそうな顔で、じっと耐えている。
それが突然、火を吹いた。
あの性格は…まずい。
一度怒りを感じると、周りが見えなくなる。
自身の危険すら省みない。
誰も、止められない。
同じような性質の人物を、よく知っている。
あの時、怒りで燃えるレックスもリリアンヌも止められなかった。
彼女は、明らかに加護のちからの使い方を知っていた。
精霊や異形の存在についても、何か知っている。
王都に戻り、落ち着いたら、レックスは間違いなく彼女を問いただすだろう。
まだ…たった八歳だ。
もし自分の娘の身に、同じことが起きたとしたら…
…想像もしたくない。
彼女には、頼れる大人が必要だ。
どうやら、ようやくひとり見つけられたようだ。
背中を預けられる相手が。
レックスたちと村から戻ると、
アランフォースの隣で、リリアンヌの表情が明るくなっていた。
彼女があんなふうに笑っているところを、初めて見た。
よほど、ふたりで良い話ができたのだろう。
アランフォースもまた、表情が柔らかくなっていた。
…本当に、不思議な少女だ。
アランフォースに留まらず、堅物の多い部下たちが、次々と彼女に絆されていく。
彼女ひとりが加わっただけで、これだけ空気が柔らかなものに変わる。
レックスが作る緊張感を、さらに上回る。
まるで――小さな王様だ。
自分は、絶対にレックスの傍から離れることはできない。
リリアンヌの味方をすることも、できない。
だからせめて、部下たちの中に頼れる味方がいてくれればいい。
あの不器用な男が、彼女の支えになればいい。
国で一番強い男が傍にいてくれるほど、心強いことなどないのだから。




