わずかに近づく距離①
リリアンヌ視点
アランフォースは、リリアンヌを抱えたまま馬を繋ぐ場所へと向かった。
誰もいない。
国王たちも、まだ村の方にいるようだった。
「…?」
他の人たちと、別行動してもいいのだろうか。
そもそも、天幕までアランフォースが来ても大丈夫だったのだろうか。
アランフォースはリリアンヌを倒木の上に座らせると、その前に跪いた。
「…なぜ、無理をされたのです」
「…ごめんなさい」
アランフォースの表情を見て、咄嗟に謝った。
いつもより、ずっと険しい。
「私が欲しいのは、謝罪ではありません」
アランフォースは、静かに首を振った。
「実際あなたのおかげで、誰も死ななかった。感謝しても、しきれません」
「…それなら、なぜ怒っているのですか?」
リリアンヌは、困惑するように首を傾げた。
「あなたが、無理をするからです」
「無理は…していません」
「立ち上がれないほど体を酷使しても、無理をしていないとおっしゃるのですか」
「……」
「白のちからを、殿下が使う必要はなかったでしょう」
アランフォースは、返事を待たず続けた。
「…違います。あれは、アイラ様に加護のちからを――」
「少なくとも、アイラ殿は気付いていましたよ」
「…え?」
リリアンヌは、きょとんと目を瞬いた。
「あなたが加護のちからではなく、白のちからを使ったことに、アイラ殿は気付いていました」
「…!」
思わず、ぎくりと肩が上がった。
加護のちからで底上げできるかは、分からない。
でもどうしても、傷ついた人たちを治したかった。
だから嘘をついて、白のちからを使った。
「あの場でアイラ殿が話を合わせなければ、あなたが白のちからを使ったことは、陛下にまで報告がいったことでしょう」
アランフォースは、さらに語気を強めた。
「殿下は、白のちからを隠したかったはずです。違いますか?」
「…使わなければ、亡くなった方も出ていたかもしれません」
「その可能性は、あったでしょう。
ですが、だからといってあなたがご自身を犠牲にする必要はありません」
「…見捨てれば良かったの…?」
リリアンヌは、そっと眉をひそめた。
「助けられるちからがあるのに、放っておけば良かったと言うのですか…?」
「…そうは思いません。ですが、殿下のそのちからは、常識を超えている」
「それを使うことは、悪いことなのですか?」
「……」
アランフォースは見つめたまま、口を閉じた。
「……」
その目を避けるように、視線を足元に落とした。
分かっている。
矛盾しているのは、自分の方だ。
アランフォースは、ただ心配してくれているだけだ。
あの時、アイラに加護のちからを送ることを断られたら、
自分も白のちからを使えることを話すつもりだった。
治せるちからがあるのに、使わないという選択だけはなかった。
結局…貧民区の時の二の舞だ。
自分で決めた道を、自分が外れている。
自分自身で、首を絞めている。
窮屈で、苦しい。
「…申し訳ありません。悲しませるつもりはありませんでした」
アランフォースが、静かに口を開いた。
「…違います。謝るのは、こちらの方です」
リリアンヌは下を向いたまま、小さく首を振った。
「アランフォース副団長にたくさん嘘をつかせてしまって、ごめんなさい」
白のちからを持っていることを、隠してもらっている。
スノウを見つけた場所だって、誤魔化してもらった。
それなのに、懲りずにまた、嘘をついて白のちからを使った。
「もう隠しきれないと思ったら、陛下に報告してくださって結構です」
前回、アランフォースがどんな責任を負ったのかも分からない。
それでも、まだこんなに協力してくれている。
「私が、アランフォース副団長を巻き込んだだけです」
もう、十分だ。
もう、これ以上巻き込みたくない。
「…そんな寂しいことを、言わないでください」
「…!」
聞いたことのない声色に、はっと顔を上げた。
「何でも力になると、約束したはずです」
アランフォースは、真剣な目を向けていた。
「……」
リリアンヌは、ぐっと口を噤んだ。
「私は、リリアンヌ殿下を信じます」
「…え」
「意味があって、隠されているのでしょう?」
「…はい」
素直に、頷いた。
「私は殿下を信じて、その嘘に付き合います。ですからリリアンヌ殿下も、私を信用してくれませんか」
「し、信用しています…!」
とっくに、アランフォースのことは信用している。
「そうではなく…もっと私を使ってください。何があっても、あなたの隠していることを勝手に報告したりはしません」
「…!?つ、使うだなんて」
「先ほどの討伐のように。私を信用して、頼ってください」
「…!」
リリアンヌは、はっと目を見開いた。
『お願いします…これは、アランフォース副団長にしか頼めない』
「あの時の殿下は…大変勇ましく、格好良かったですよ」
アランフォースは、優しく目を細めた。
「…アランフォース副団長も、すごく格好良かったです」
釣られるように、ふっと顔を綻ばせた。
「…私は、ただ剣を振るっただけです」
「いいえ。アランフォース副団長がとても速かったから、私もちからが持ちました」
「あんな必死に駆けたのは、逃げるあなたを追いかけた時以来です」
「その節は、お世話になりました」
当時のことを思い出し、くすくすと笑みがこぼれた。
「…そんな顔をされたら、もう何も言えませんね」
アランフォースは苦笑混じりに、小さく微笑んだ。
「アランフォース副団長…私を信じてくださって、ありがとうございました」
伝えたかったことを、ようやく言えた。
「すごく…嬉しかったです」
やっと、分かった気がする。
あの時の、ギタンの言葉の意味が。
『やりたいことをしたいなら、信用できる味方を増やせ』
『心から信頼できる人間をつくれ』
こんなに隠しごとをしているのに、
たくさん、嘘ばかりついているのに。
アランフォースは、信じると言ってくれた。
それが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
驚くほど…胸が、温かさでいっぱいだ。
誰よりも、心強い味方ができた。
まだ、何も解決できていないけれど、
それだけで、前に進めそうだった。




