初めての討伐へ⑥
リリアンヌ視点
すっかり空が暗くなった頃に、エドガーが、休憩を命じた。
何人かが、ランタンを手にしている。
だけど空に輝く大量の星だけでも、十分に見渡せた。
アランフォースがロックを樹に繋いでいる間に、そっと周囲に目を向けた。
川沿いの砂利の上に、いくつもの倒木が転がっている。
その上に座り、靴底を確認している騎士がいる。
馬の横で作業しながら、何かを齧っている者もいた。
誰も、口を開かない。
川の水音だけが、途切れずに流れている。
大勢いるはずなのに、とても静かだ。
「…!」
休憩をする者たちの中に、見覚えのある騎士が目についた。
あの明るい髪色は、フーリンだ。
目が合い、小さく手を振った。
一瞬の間の後、フーリンが、軽く頭を下げて返した。
「リリアンヌ殿下、こちらへ」
「あ、はい」
フーリンから目を逸らし、すぐにアランフォースのもとへ向かった。
「こちらに座ってください」
アランフォースは、リリアンヌを倒木の上へ座らせた。
「水をどうぞ」
差し出されたのは、軍用の水筒だった。
「ありがとうございます」
リリアンヌはこくりと飲み、すぐに返した。
喉が渇いていたから、美味しく感じる。
「…?」
水筒を、受け取ってもらえない。
「…遠慮せず、お飲みください」
アランフォースが前に屈み、そっと言った。
「でも…水は、貴重です」
「水は、補給部隊が大量に持ってきています」
「補給部隊…?」
「ええ。なくなれば補充できますから、足りる分だけどうぞ」
「あ、ありがとうございます…」
知らなかった。
勝手に配分まで考えてしまって、恥ずかしい。
「アラン」
「はっ」
アランフォースが、さっと立ち上がった。
すぐ近くで、国王とエドガーが、立ったまま話し込んでいる。
エドガーが、指でアランフォースを呼んでいた。
「…リック、シャル!」
「はっ!」
今度は、アランフォースの呼びかけに、騎士二人が素早く立った。
アランフォースは呼んだ二人に何も言わないまま、国王たちの輪に入っていった。
リックとシャルは、まっすぐにこちらへやって来た。
「…リリアンヌ殿下、お疲れでしょう。大丈夫ですか」
シャルが目の前に屈み、小声で尋ねた。
「ありがとう、大丈夫。ええと…アランフォース副団長が、二人を呼んでいたけれど…」
リックもシャルの横に立ち、国王たちの輪に加わろうとしていない。
「え?…ああ、違いますよ」
「?」
何が、違うのだろう。
「まさか…リリアンヌ殿下が討伐について来てしまうとは思いませんでした」
「あ…ごめんなさい」
「なんで謝るんですか。大変なのは、リリアンヌ殿下でしょう」
シャルが、小さく苦笑をこぼした。
「…お前まさか、護衛の最中にもそんな話しかけているのか」
リックがシャルの横に屈み、低い声で尋ねた。
「いや、さすがに今だけだって」
「本当か?そのわりには、躊躇いもなく話しかけているな」
「リックにもシャルにも気を遣わせてしまって、本当にごめんなさい」
リリアンヌは、しゅんと肩を下げた。
今だって、休憩中のはずだ。
それなのに、自分の相手をしてくれている。
「誰も気にしていませんよ。むしろ、殿下が何も文句を言わないから心配しているくらいです」
シャルがすぐに答えた。
「ど、どうして文句を言うの?」
「俺たちの速度で馬を進めているからですよ。尻、痛くないですか?体が軽いから、浮くでしょう」
「……」
シャルの言う通りだった。
お尻が、悲鳴を上げている。
体が浮き、何度もロックの鞍に打ち付けてしまっていた。
「…でも、私に合わせて速度を遅くするなんて、あり得ないもの」
自分のことなんて、二の次だ。
「リリアンヌ殿下、まだ水はありますか」
リックが、小声で尋ねた。
「補給してきましょうか」
「大丈夫…!まだ、たくさんあるの」
はっと、手元に握ったままだった水筒を口につけた。
ここまで気を遣ってもらって、本当に申し訳ない。
「補給部隊がいると聞いたのだけれど…国王直属騎士団の中でも、隊が分かれているの?」
ふと、疑問が湧いた。
「いいえ、違いますよ。騎士団の部隊は分かれてますが、それとは別に、後ろから兵がついて来ているんです」
「あ…そうだったの」
シャルの言葉に、リリアンヌは、きょろりと辺りを見渡した。
黒一色だと思っていた軍服の中に、ちらちらと違う色が混ざっていた。
マントの隙間から、深緑の軍服が見える。
きっと、彼らが補給部隊だろう。
「…!」
人目を引く一団を見つけ、はっと視線を止めた。
国王直属騎士団とは対照的に、白い軍服の騎士たちが立っている。
その少し内側で、白い長衣にマントを羽織った人たちが、座って休んでいた。
霊拝師だ。
アイラもいる。
祝宴の時に会ったマコも一緒だ。
さらに、こちらに背中を向けて座っている霊拝師が、四人ほどいる。
全員、女性のように見えた。
「…霊拝師を見るのは、初めてですか?」
シャルが、リリアンヌの視線に気付いて尋ねた。
「いいえ…一度、アイラ様とマコ様にお会いしたことがあるの」
話しに行けないだろうか。
あの時のことを、ちゃんと謝りたかった。
視線を送っていると、アイラが、ぱっと顔を上げた。
すぐに立ち上がり、霊拝師の座る輪を外れた。
白い軍服の騎士がその前に立ち、手を制して止めた。
アイラはこちらに一瞬視線を向けると、座っていた場所に戻っていった。
「……」
話しかけては、いけないのだろうか。
「…あれは、聖守護騎士団です」
リックも、視線を霊拝師たちの方へ向けていた。
「霊拝師様を護る騎士…だね」
騎士だけで結成される、もうひとつの集団。
「そうです。奴らは、討伐には参加しません」
「大勢で霊拝師を護らないと気が済まない連中です」
「……」
リックもシャルも、どこか棘のある言い方だった。
アイラを止めた騎士が振り向き、自分たちの方へ視線を向けた。
彫りが深く、こちらを睨む目が、はっきりと見えた。
「……」
この目は、多分、自分へ向けられている。
「…あいつは、団長のブルックです」
シャルが騎士を睨み返し、唸るように囁いた。
「…団長なのね」
ということは、彼も実力者なのだろう。
「聖守護騎士団は、金さえ積めばあれでも団長になれます」
「シャル、その辺にしておけ」
「…言葉が過ぎました」
肩をすくめるシャルは、言葉が過ぎたと思っている表情ではなかった。




