初めての討伐へ⑤
リリアンヌ視点
「リリアンヌ殿下」
「はい」
名を呼ばれ、去って行く父から視線を離した。
エドガーが、さっと目の前に跪いた。
「私は、国王直属騎士団団長、エドガーと申します」
ちらりと見えた襟元には、ダイヤモンドが二連、付いていた。
「ご不安でしょうが…必ず、我々が護りますので」
「エドガー団長。騎士様の中に、不慣れな者が混じり、申し訳ございません」
リリアンヌは、すぐさま頭を下げた。
「足手まといにならないよう、気を付けますので…どうぞ、私にもご指示をお願いします」
討伐は、時間と連携が重要なはずだ。
自分がいることで、すでに遅れてしまっているのかもしれない。
「……」
「…あ、あの、ごめんなさい…」
どうしよう。
エドガーが、黙り込んでしまった。
「ああ、いえ…良い心がけです」
エドガーが、静かに口を開いた。
「これから、レイセント湖より繋がる川に沿って、北へ一日かけて馬を走らせます。
途中、何度か馬を休ませるために休憩を入れますが、夜通し向かうことになるでしょう」
「はい」
「リリアンヌ殿下には…きつい行程になるかと思います」
「大丈夫です。ですが、私は馬に乗れません」
まだ、ポニーにも乗れていない。
「それは問題ありません…アラン!」
エドガーが振り返り、騎士たちの方に向かって叫んだ。
「はっ」
「…!」
やって来たのは、アランフォースだった。
「リリアンヌ殿下、いいですか」
エドガーが、再びこちらへ顔を向けた。
「彼は、国王直属騎士団の副団長です。実力は十分ですので、安心してご同行ください」
「…?はい…」
同行とは、どういう意味だろう。
「それから…私は、望む地点へ対象者を送ることができる、“転移のちから”を持っています」
「…!」
思わず、息を呑んだ。
それは、“物語”で知っている。
「万が一の状況になりましたら、現場から離れた場所へ、陛下とリリアンヌ殿下を送ります。その心づもりで、お願いします」
「…分かりました」
まさか、私にもそのちからのことを教えてくれるとは思わなかった。
「…後は、頼んだ」
「ええ」
エドガーが目の前から離れ、代わりにアランフォースが立った。
「リリアンヌ殿下…参りましょう」
「…は、はい」
リリアンヌは小さく頷き、歩き出したアランフォースの後を追った。
再会を、喜ぶ余裕もない。
背負っている大剣が、“物語”と同じだと感動する暇もない。
アランフォースは、黒い大きな馬の前で足を止めた。
「失礼します」
「…!」
アランフォースはリリアンヌを手早く持ち上げ、馬の上に乗せた。
「…え?」
「どうされました?」
「ええと…アランフォース副団長と、同乗するのですか?」
「ええ…同行するとお伝えしたはずです」
アランフォースは馬の鐙に足を掛けると、リリアンヌの後ろに素早く跨った。
「…その方が、リリアンヌ殿下も少しは気を遣わないかと思ったのですが」
「あ、ありがとうございます…すごく、頼もしいです」
すぐ真後ろに、アランフォースがいる。
これから一日かけて、同乗する。
一気に、緊張感が高まった。
「…こいつはロックと言って、私の愛馬です」
「あ…そうなのですね」
リリアンヌは、跨る馬の背へ視線を向けた。
ロックが、ぶるる…と体を揺らし、首をもたげた。
首を横に向けたことで、馬の顔が目に入った。
「…きれい」
艶々な毛並みに、優しそうな瞳。
アランフォースとお揃いの、灰色の瞳の子だ。
「…触れてもいいですか?」
「ええ、大丈夫です」
許可を貰い、ロックの背にそっと触れた。
「わ…柔らかい」
自然と、笑みがこぼれた。
「…少しは、肩の力も抜けましたか?」
「…え?」
「顔が、強張っておられたので」
「…!」
慌てて、自分の頬を両手で隠した。
「我々は、何度も討伐に出ています。リリアンヌ殿下が何か気負う必要は、一切ありません」
「…はい」
「どうか、重圧を背負わないでください」
「…ありがとうございます」
リリアンヌは小さく礼を言い、そっと目を伏せた。
アランフォースはロックを進ませると、先頭にいる国王と団長の後ろに付いた。
「行くぞ」
国王も、黒い軍服を着ている。
他の騎士たちと違い、裏地が真っ赤なマントを羽織っていた。
乗っている白い馬と、対照的だった。
「全体、進め!」
エドガーの号令で、馬に乗る騎士たちが一斉に前進した。
一団は第一城壁の正門を越え、第二城壁の大正門へと進んだ。
乗馬したまま、町の道を通って外へ出るのだろう。
初めて、大正門を通って町へ出る。
貧民区を町と呼ばないのなら、城下町に出るのも初めてだ。
「隠せ」
大正門を通り過ぎたところで、レックスが前を見たまま、くいっと指先を動かした。
「!」
慌てて、肩に乗るスノウを手に移した。
マントの下に隠せば、光も見えない。
「…失礼します」
アランフォースは、リリアンヌの頭にそっとマントを深くかぶせた。
視界が塞がれ、ロックの体と、進む通りの道しか見えなくなった。
「国王様~!」
「行ってらっしゃい!」
わっと、賑やかな歓声が聞こえてきた。
「どうか、お気を付けて!」
「騎士様!いつもありがとうございます!」
「かっけ~!国王様~っ!」
道の左右から、見送る声がたくさん届けられた。
至るところから花が投げ込まれ、馬の足元が、色とりどりに埋まった。
「…あれ、アランフォース様の前に」
「子供…?なんで?」
「霊拝師様か?」
「でも、後ろに白の騎士様たちがいるぞ」
「誰だ、あの子供は?」
「……」
リリアンヌは小さく背中を丸め、胸元に隠すスノウを、きゅっと握った。
初めての城下町は――
ロックの揺れる背と、道に投げられる花の記憶だけが、深く刻まれた。
第三城壁の門を抜けると、一気に馬の足が速まった。
しばらく進んだところで、アランフォースが頭巾を外してくれた。
それに合わせて、胸元に隠していたスノウを肩へ戻した。
「…!」
左側に、大きな湖が広がっている。
レイセント湖だ。
青く澄んでいて、とても綺麗だ。
まるで海のように、地平線が見える。
その先に、小さく建物が固まる場所が望めた。
あれはきっと、レイセント湖の反対側に位置するユゲラドリル領だ。
母の弟が統治している、侯爵領の町。
辺りには、樹々が生い茂り、町も村も人けもない。
前方では、国王とエドガーが馬を並べて走っている。
後ろの様子は見えないけれど、ドドドッ…と、何十頭もの馬が駆ける音は聞こえていた。




