大国の王太子⑥
リリアンヌ視点
「…では、お兄様もブライアン様も、従騎士が終われば王国騎士になるのですね?」
「王国騎士の身分を持った王族、ということになりますね」
ルイージが、すぐに言い直した。
「身分…?騎士は、爵位ではないのですか?」
騎士爵というものは、この国にないのだろうか。
「騎士そのものは、貴族階級ではありません。大きな功績を残した方に、陛下より叙爵されることはあります」
「じょしゃく…爵位を授けるということですか?」
「失礼しました。その通りです」
「あっという間に、騎士の話になってしまったな」
ブライアンが、ふっと苦笑をこぼした。
「騎士の話をし始めたのは僕だが…今の君は、もっと文官について聞いておいた方がいいのではないか?」
「あ…そうですね」
リリアンヌは、はっと顔をルイージに向けた。
「あの…中央官について、もう少し教えていただけますか?」
中央官は、皆優秀で、アメシストの宝石を襟元に付けている。
まだ、それしか聞けていない。
「…そうですね、今教えられるのは、チャン文官についてでしょうか」
ルイージが、そっと切り出した。
「…!」
すぐに、先ほど会った文官の顔が頭に浮かんだ。
「チャン・ムムシカ二等中央官。彼は、聖務部に属している文官です」
「聖務部…ということは、やっぱり、スワハマ大教主の部下なのですね」
「やっぱり、とは?」
ルイージは、さっとリリアンヌに顔を向けた。
「スノウを見つけた日、スワハマ大教主の後ろにいらしたので、部下かなと思ったのです」
「…よく覚えていらっしゃいますね」
「…スワハマ大教主の一番近くにいらっしゃったので、覚えていました」
印象的だったので、とは言いづらかった。
「正確に言えば、チャン文官はスワハマ大教主の直属の部下ではありません」
「えっ、そうなのですか?」
「大教主は聖職者をまとめる者であり、そこに文官は含まれません。
まあ…ですが、大きな枠組みでは、上司と言っていいでしょう。
特にチャンは、スワハマ大教主付きの補佐官ですから」
「ルイージ宰相は、文官の方全員の名前と役職を覚えていらっしゃるのですか?」
ふと、気になった。
「いえ…さすがに、何千人もいる中央官の名をすべて覚えることはできません」
ルイージが苦笑混じりに答えた。
「……」
王城で働く文官は、何千人もいる。
その多さに、内心かなり驚いた。
「チャン文官は、少々問題の多い人物です。素行不良で何度か議題に上がったことがありまして…ですから、覚えていました」
ルイージは、淡々と続けた。
「詳しい説明は省きますが…彼は利己的な性格で、命令を軽んじる言動が多い。
今回の件についてはもちろん注意を入れますが、まずは、接触する機会を減らしましょう」
「…どうしてそんな方が、文官を続けていらっしゃるのでしょう」
リリアンヌは、そっと眉をひそめた。
「彼は、文官としては非常に優秀です。豊富な知識を持ち、信仰に関することにも深く精通している。
ですから今は、大教主の補佐官という立場で落ち着いています」
「…そうなのですね」
きっと、事情もたくさんあるのだろう。
チャンが素行を問題視されても、文官を続けている理由は分かった。
けれど――
「どうして、私に話しかけたりしたんだろう…」
偶然を装って現れたけれど、ムロバンたちにより、待ち構えていたことは分かっている。
自分と仲良くなったところで、得なことなどあるのだろうか。
「…スノウに興味があったのかな」
もしかして、加護に興味があったのだろうか。
「……」
ブライアンもルイージも、同じような顔をリリアンヌへ向けた。
「…え」
どうして、そんな憐れんだ目で見てくるのだろう。
「とにかく…あなたは護衛付きでも、ひとりで城内を出歩かないでください」
ルイージが、切り替えるように言った。
「…護衛付きでも駄目なのですか?」
リリアンヌは、懇願するように尋ねた。
「…ええ。申し訳ありませんが…」
「……」
「…少し休んだおかげで、体力も戻ってきた」
ブライアンが、静かに口を開いた。
「また君のちからを試そう」
「…はい」
そうだ。
図書室へ通うために王城へ来ているわけではない。
まずは、スノウのちからを見つけること。
そうしたら、また状況も変わるかもしれない。
“デューゼの森の悪夢”を防ぐ手掛かりだって、見つかるかもしれない。
できる限り早く、スノウのちからを明らかにしなければ。
目の前の王子を――孤独な王とさせないために。




