大国の王太子④
リリアンヌ視点
「…すみません、お待たせしました」
扉が開き、ルイージが入ってきた。
「ブライアン殿下、ご足労いただきありがとうございます」
「…いいえ。こういう役でしたら、喜んで引き受けます」
ブライアンが立ち上がり、ソファの方へ進んでいった。
リリアンヌは急いで食事を終わらせ、ブライアンに続いた。
「…今、図書室の前で何があったか、護衛の方たちから報告を受けました」
リリアンヌが腰を下ろすなり、ルイージが口を開いた。
「えっ」
「今までは、時間が被らないから会うこともないだろうと油断していました。申し訳ありません、私のせいですね」
「い、いいえ…!」
何か、大ごとになっている気がする。
「申し訳ありませんが、明日からしばらくは図書室へ行くのを控えてください。読みたい本があれば、ここへ運ばせますから」
「あの…そんなに文官の方と会うことは、避けた方がいいことなのですか…?」
断りきれなかった、自分が悪い。
だけどまさか、文官全員がチャンのような人というわけではないだろう。
「今は特に、そうとしか言えませんね」
「…ルイージ宰相の部下なのに…?」
「…本当ですね。耳が痛い言葉です」
ルイージが、ふっと自虐的な笑みを浮かべた。
「…ごめんなさい。失礼なことを言いました」
やってしまった…。
でもルイージは、王城に出入りしている人たちは、調査済みと言っていたはずなのに。
それとは、また別の話なのだろうか。
「何も失礼なことなどありませんよ。…さて、時間も惜しい。さっそくですが、試していきますか」
「…はい」
リリアンヌは、ちらりと隣へ視線を向けた。
「指示してくれ。いつでもちからを使う」
ブライアンは、すぐに右手をリリアンヌの前に差し出した。
「ではまず、能力向上のちからから試しましょう。ブライアン殿下、加減の方は頼みます」
「能力向上なら…できるだけ抑えて試した方が良さそうですね」
「ええ…リリアンヌ殿下。相手のちからが向上するよう、念じてみてください」
ルイージはモノクルを押し上げながら、リリアンヌへ顔を向けた。
「違うようなら一度離して、また異なる言葉で念じていただけますか」
「…はい」
今はとにかく、集中だ。
しかも、能力向上のちからは一番可能性が高いと思っていたものだ。
もしこれが当たれば、ここで終わる。
「…これくらいか」
ブライアンは左手の人差し指を立てると、ぽっ…と指先に小さな光の球を作った。
「!」
現実のブライアンがちからを使っているところを、初めて見た。
こんなにも簡単に光を灯せるなんて、すごい。
一瞬、黄緑がかって見えたけど、今はもう黄混じりの白い光だけだ。
「リリアンヌ」
「はい、ごめんなさい」
差し出されたブライアンの右手を、そっと両手で包んだ。
ぼうっと見ている場合ではない。
こうしている間にも、ブライアンは体力を使っているのだから。
――ブライアンの光が、もっと溢れますように。
「……」
一度、ブライアンの手を離した。
違ったようだ。
それなら、今度は――
もう一度手を握り、もっと長い間、ちからを使えますようにと念じた。
しっくりこない。
光が増えますように、かな…
またブライアンの手を握り直して、念じた。
何も、変わらなかった。
「三回試したら、一度止めましょう」
ルイージの声に合わせ、ブライアンの指先から光が消えた。
「能力向上のちからは違うようですね。では次は、妨害の方を――」
「…あの、ルイージ宰相」
「はい、何でしょう」
「もう少し…能力向上のちからを試してみてもいいですか?」
リリアンヌは、おずおずと口を開いた。
「…何か感じたのですか?」
ルイージの目が、一瞬鋭くなった。
「そういうわけではないのですが…念じ方をいくつか変えて、もう少し試してみたいのです」
念じ方が少し違うだけでも、ちからは使えないのかもしれない。
“マドカ”は、スノウがいなくても白のちからで異形の存在を“弱体化”することができた。
スノウがいたから、異形の存在を消し去ることができた…
ちからの段階を上げている…?
ちからは、鍛えれば鍛えるほど強くなるから。
「いつでもいい」
ブライアンが、再び指先に光を灯した。
「…はい」
リリアンヌは、差し出された手をぎゅっと握った。
今度は、ちからの段階を意識して念じてみよう。
――光のちからの段階が、上がりますように。
光のちからを、鍛えたい。
光のちからを、強くしたい。
やはり、変化は起きない。
「…う~ん」
それなら、ちからに何かしらの性質を与えるようなものか…
ブライアンの指に光が灯っていることを確認し、再び心の中で念じた。
――光のちからに、スノウから貰ったちからが加わりますように。
ブライアン自身に、スノウから貰ったちからが宿りますように。
…違う。
――ブライアンのちからが、向上しますように。
ブライアン自身の体力が、向上しますように。
光のちからが、増大しますように。
すべて、違う。
あとは――
「ブライアン殿下。一度、ちからの使用を止めてください」
「…!」
ルイージの鋭い声に、はっと顔を上げた。
「…すまない。加減する方が、意外と体力を使うんだ」
ブライアンの額から、つつ…と汗が滴り落ちた。
「ごめんなさい…っ」
リリアンヌは慌ててハンカチを取り出し、ブライアンの手の上に置いた。
「ブライアン様、ごめんなさい…三回ずつと言われていたのに…」
また、やってしまった。
すぐ自分の世界に入って、周りのことに気を向けられなくなってしまう。
「…ありがとう。だが、これくらい平気だ」
ブライアンは小さく微笑み、ハンカチを優しく押し戻した。
「訓練の方が、よほど死にかけている」
「いいえ…すごく疲れていらっしゃるように見えます」
リリアンヌはハンカチを握った手を伸ばし、そっとブライアンの額の汗を拭った。
「本当に…ごめんなさい」
「…君は、いつもこんな必死に考えて試しているのか?」
「リリアンヌ殿下は、いつでもずっと真剣ですよ」
ブライアンの問いに、ルイージが静かに答えた。




