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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第三章/王城の日々
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大国の王太子②

リリアンヌ視点



「――集中しているところ、失礼します」



「…え…?」

リリアンヌは、目を瞬きながら顔を上げた。



「もう、とっくに十一時を過ぎてますよ」


目の前に、苦笑をこぼすシャルが立っていた。



「…本当?全然気付かなかった…」



「リリアンヌ殿下は一度集中されると、どこまでも沈んでしまうんですね」



「ごめんなさい…」

リリアンヌは気まずそうに、ぱたんと本を閉じた。


いつも、こうだ。


いつも、目の前に父が屈むまで気付かない。



「教えてくれて、ありがとう。助かりました」


本を机の上にそっと置いて、螺旋階段へ向かった。



シャルが教えてくれなかったら、ルイージとの約束の時間に戻れなかった。


護衛の仕事の中に、時間を教えてくれるなんて業務は含まれないだろうに。


本当に、騎士の人たちは皆優しい。



この二週間、シャルたち以外にも何組かの国王直属騎士団が護衛についた。


それぞれ見た目も性格も違い、


体格が良くて強そうなところくらいしか共通点はない。


それなのに、全員が並ぶと同じ黒に染まるのが不思議だ。


三日目からは、名前を尋ねるのをやめてしまったけれど、


次また護衛してくれた時に尋ねたら、教えてくれるだろうか。




図書室の扉をくぐり、まっすぐ渡り廊下を進んだ。


先ほどと違い、北の廊下には誰もいなかった。


昼の休憩時間にでも入ったのかもしれない。



「リリアンヌ殿下…!」



「はいっ…!」


緊張の伴った声に、びくりと足を止めた。



「…ど、どうしたの?ムロバン」

リリアンヌは肩を強張らせたまま、そっと振り返った。



「…廊下の先に、待ち構えている者がいます」


ムロバンは、鋭い目を渡り廊下の先へ向けていた。



「…え」


自分には、何も感じない。



「…文官か?」



「この締まりのない気配は、そうだろ」



「ちっ…面倒そうだな」



「殿下の前で舌打ちするなよ」


シャルとムロバンが、聞こえないほど小さな声で素早く会話を交わした。



「…どうすればいい?」


つられて、自分まで声をひそめた。


もしかしたら、何か用事があるのかもしれない。



「…我々が先に進みます」

ムロバンはわずかに屈み、リリアンヌにそっと囁いた。



「どう接するかはリリアンヌ殿下にお任せしますが、我々より前には出ないでください」



「…分かりました」


リリアンヌは小さく頷くと、進み出した騎士たちに続いた。



すごく大きな背だ。


なんて逞しくて、頼りになるのだろう。




「…おや、これは奇遇ですね!」


その逞しい二人の間から、ひょこっとひとりの男が現れた。



「そちらにいらっしゃるのは、リリアンヌ殿下ではありませんか!?」



「…あ」


思わず、声が漏れた。



「僕は、チャン・ムムシカと申します。実は、以前もお会いしたことがあるのですよ」


現れた男は、騎士たちが見えないかのようにまっすぐリリアンヌへ近づいた。



「先日、玉座の間でお会いしたのですが――」



「それ以上近づくな」

シャルが、素早く手で制した。



「はぁ…?」

チャンが、じとりとシャルを睨みつけた。



「ちっ…王のイヌが」



「…ああ?」



「…やめろ、シャル」



「…失礼しました、リリアンヌ殿下。玉座の間でもお会いしたのですが、覚えていらっしゃるでしょうか!」


チャンはすぐに笑みを浮かべ、二人の間からリリアンヌに顔を向けた。



「…ムムシカ様、初めまして。リリアンヌ・エラドリオールと申します」

リリアンヌは、小さくお辞儀して返した。



彼のことは――しっかりと覚えている。



「ぐふふっ…嫌だな、リリアンヌ殿下。文官を、様などと呼ばなくていいのですよ」


前髪が、汗のせいか、ぺったりと額にくっついている。


痩せているのに、顔中が脂で光っていた。



「どうぞ、僕を名で呼んでください。チャンと呼び捨てにしてください」


この特徴的な笑みを、よく覚えている。


スワハマの後ろに立つ人たちの中で、一番印象的だった。



「本当に、毎日王城にいらっしゃるのですね。慣れぬ登城で、お疲れでしょう」



「……」


こういう時は、どう返せばいいのだろうか。


二人のおかげで、それ以上近づいてこないけれど。



「リリアンヌ殿下、知っていますか?文官塔の前には、よく陽が入る広場があるんですよ」

チャンは構わず、どんどん言葉を続けた。



「どうです、そちらで一緒に、僕と少し休みませんか?」



「!?…あ、あの…チャン、文官」



「ふぁっ…!…ええ、はい!」


チャンが、恍惚としたような笑みを浮かべた。



「…ありがたいお申し出ですが、私はこれから人と約束がありますので、もう行かなくてはいけません」

リリアンヌは、ゆっくりと返した。



「人と約束って、ですから、ルイージ宰相とでしょう?」



「…えっ?」



「宰相はまだ、北館にいますよ。まだまだ、あなたのもとへ行きはしないでしょう」


チャンは、にたぁっと笑みを浮かべ、人差し指を真上に向けた。


ルイージが上の階にいると言うことだろう。



「…いいえ、お約束しているのは、ルイージ宰相ではありません」



「んん?そうなのですか?まさか、使用人との約束のことを言っているわけではないですよね?」



「……」

リリアンヌは、きゅっと口を噤んだ。



「リリアンヌ殿下は、お優しい方ですねぇ。使用人にまで気を配られているとは」


チャンの足が一歩、前に出た。


静かに、シャルとムロバンの隙間が狭まった。



「お腹も空いていらっしゃるでしょう!僕が、リリアンヌ殿下の昼食も用意いたしましょう」


また、チャンの足が一歩近づいた。



「……」


本当に…どうしたらいいのだろう――




「…リリアンヌ!ここにいたのか」



「…えっ」


はっと顔を横に向けた。



「あっ…ブライアン様…!」



「登城しても図書室へ行くとは、君らしいな」


本館に繋がる通路から、ブライアンが姿を現した。



「……」


チャンが一気に壁際まで退き、静かに頭を下げた。


シャルとムロバンが、素早くリリアンヌの後ろへ回った。



「てっきり、約束を忘れられたと思ったぞ」



「…え?」

リリアンヌは、近づくブライアンを呆然と出迎えた。



ブライアンは、藍色の軍服を着ている。


仕事を抜けてきているのだろうか。



「あの…ブライアン様、どうしてここに」



「待たせた僕が悪かったな」



「!」



「本館に戻ろう」


ブライアンはリリアンヌの手をぱっと掴むと、今来た方へ足を向けた。



「…約束相手は、ブライアン殿下…?」



「従兄妹同士で約束をしていたら、何か変か」


呟いたチャンに、ブライアンが低い声で返した。



「…いいえ。大変失礼しました」

チャンが、再び頭を下げた。



「…行こう、リリアンヌ。あまり時間もない」



「…はい」


リリアンヌはチャンから顔を逸らし、手を引くブライアンへ続いた。



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