大国の王太子①
リリアンヌ視点
「えっ…今日は、午後から?」
リリアンヌは、きょとんと目を瞬いた。
「ええ…先ほど、ルイージ宰相の従者の方がそうお伝えに参りました」
バルバラが、困ったように答えた。
「どうしましょうか。早いですが、先に昼食にいたしますか?」
「でも…まだ、お腹はすいていないかな」
さすがに、登城してすぐに昼食という気分ではない。
「…そうしたら、先に図書室へ行ってきてもいい?」
「もちろんです。ルイージ宰相は十二時頃にお越しになるとのことでしたので、その前には戻ってきていただけますでしょうか」
「じゃあ、十一時過ぎには戻ってきます」
リリアンヌはバルバラに答えると、扉の方へ振り返った。
すでに室内に入ってきていた護衛たちのもとへ、まっすぐに向かった。
「おはようございます、シャル、ムロバン。今日もありがとう」
「おはようございます、リリアンヌ殿下」
「…おはようございます」
シャルとムロバンが、それぞれ返した。
「今の話、聞こえていたかな?今日はルイージ宰相が午後にいらっしゃるから、先に図書室へ行こうと思うのだけれど。いいかな」
「いいも何も、俺たちのことは気にしなくていいですって」
「そうだったね…ごめんなさい、シャル」
リリアンヌはすぐに謝り、扉の前で静かに待った。
「……」
「…?」
扉が、いつまでも開かれない。
リリアンヌは首を傾げ、把手に手を伸ばすムロバンを見上げた。
「…先日は、申し訳ありませんでした」
ムロバンが眉を寄せ、小さな声で謝った。
「…?先日?」
「…大変失礼なことを、申しました」
「失礼なこと…?」
リリアンヌは、さらに首を傾げた。
「我々のことを、壁のように思ってくれと」
「ん…?それは、私が仕事中にたくさん話しかけてしまったからでしょう?」
「……」
ムロバンが、ぐっと口を噤んだ。
「ぶはっ…!」
シャルが、堪えきれず吹き出した。
「リリアンヌ殿下、こいつは、怒っているわけではないことを伝えたいんですよ」
「…へ?」
「殿下があの時から話しかけなくなったから、こいつ、気にしてたんです」
「お前っ…」
「…ずっと気にしてくれていたの?」
「…本当に申し訳ありませんでした」
ムロバンはリリアンヌに向かい、さっと頭を下げた。
「…あは…っ!こんな後になって…!」
思わず、声を出して笑った。
別に、怒られたとは思っていなかったけれど。
ただ確かに、ムロバンに言われてから、仕事中の騎士に極力話しかけないよう気を付けてはいた。
まさか、ずっと気にしてくれていたとは。
しかも、もう二週間前のことだ。
「うわ…笑っているところ、初めて見ました」
「…シャル、失礼だぞ」
「ふふっ…ごめんなさい。お行儀が悪かったね」
リリアンヌは手で口を押さえ、笑みを隠した。
「ムロバン、気にしないで。むしろ、私がおかしい時は言ってください」
「…それはできませんが」
「いいえ。二人の方が、王城についてよく知っているもの。いろいろと教えてくれると助かるな」
「…教えられるようなこともありませんが」
ムロバンは眉を寄せたまま、静かに扉を開けた。
「この時間は多くの方が廊下を行き来していますので、重々お気を付けください」
「…!」
それはきっと、使用人や巡回している近衛隊たちのことではない。
「ありがとう。気を付けます」
リリアンヌは気を引き締めて、扉から廊下へ進んでいった。
登城するようになってから、もう二週間以上が経った。
協力者が見つからないのか、毎日、ルイージと二人きりでちからを試している。
それも午前だけで、その後は図書室で本を読み、父と共に馬車で帰宅する。
ただ、それだけの日々。
驚くほど、穏やかな毎日だ。
ちからが何なのか分かったら、きっと今のようにはいかない。
国王は、容赦なく自分を使うのだろう。
スノウのちからは、本当に何なのか分からない。
こればかりは、スノウに尋ねても答えてはくれない。
というより、多分、伝える手立てがない。
可能性があるのは、特別なちからを持つ者を手助けするためのものだろうか。
もしそうなら、これ以上、ルイージと二人で試しても見つからない気がする。
もしかしたら…スノウのちからは、白のちからにだけ反応するのだろうか。
だとしたら、たとえ協力者が来てくれても答えは見つからない。
「…あ」
いつもと違う景色が目に入り、リリアンヌは歩く足を緩めた。
普段誰もいない北館の廊下に、今は大勢の人が歩いていた。
誰もが、膝丈まである上衣を羽織っている。
あの人たちはきっと、文官だ。
玉座の間で、スワハマの後ろにも何人かあの格好をした人たちが立っていた。
ムロバンの言う通り、往来の多い時間帯なのだろう。
けれど、図書室へ続く渡り廊下へは誰も入ってはいかない。
「……」
リリアンヌは極力目立たないように通路の端を歩き、さっと渡り廊下の方へ曲がった。
「…おい、今の見たか?」
「どうして、こんなところに…」
「知らないのか?今、毎日登城しているんだぞ」
「…報告しておくか」
後ろから囁くような声は聞こえたけれど、
追ってくる者はいなかった。




