大教主の思惑①
スワハマ視点
「いっ、いくらスワハマ大教主でも、言うことはできません…!」
正面に座る男は、まだ頑なに首を振り続けていた。
「分かっていないようだな、シリル・ビセット。お前には、言う以外の選択はない」
スワハマはソファに深く沈み込み、正面に座る男を睨めつけた。
「儂がこうして話で解決しようとしている間に決断した方が、お前のためだぞ」
「……」
「儂の貴重な時間を煩わすな。早く言え」
「……」
「…時にシリル。お前が三十を過ぎてから授かった、二人の娘は元気か」
「…!」
シリルの表情に、怯えが走った。
「上の子の婚約が、やっと決まったな。ウィンザーのところへ嫁ぐなど、大出世じゃないか」
「…なぜ、それを」
「下の子は、パルミア一族からの婚約の打診を渋っているのか。それは正解だ。あそこの長男は変わり者で、次男は癇癪持ちの豚だ」
「それはっ…誰にも言っていないはず…」
シリルの顔が、さらに青ざめた。
「シリル。儂の遠縁の息子を紹介してやろうか」
スワハマは、にぃっと笑みを浮かべた。
「手が早く、乱暴なところがあるがな…ああ、あと、今年で四十歳だ。
再々婚になるが、まあ、商才があり金もある。問題ないだろう」
「……」
「前妻はどちらも、階段から転落死したようだな。嫁いだ際には、階段に気を付けるよう、下の子に――」
「共有の類です…!」
シリルが、絞り出すような声で叫んだ。
「リリアンヌ殿下のちからは、共有の類のちから…!そう、鑑定が出ました」
「ほう…共有の類か。珍しいな」
スワハマは笑みを消し、静かに顎をさすった。
「何色だった。青か?紫か?」
「…白です」
シリルはぎゅっと目を瞑り、蚊の鳴くような声で答えた。
「白だと?それなら、白のちからではないか!」
それなら、話は早い。
「白のちからの光の色とは違います…青みがかった白ですので、共有の類で間違いありません」
「青みがかった白…知らぬ色のちからだな」
「…も、もういいでしょうか」
「お前は、今までその色を鑑定したことはあるか?」
「ありませんし、記録にも残っていませんでした」
「ふん…まあ、そんなものか」
「…本当に、これ以上のことは分かりません」
「ああ、そうだな」
スワハマは、興味を失ったようにシリルを手で追い払った。
「帰っていい。お前の下の子も、せいぜい良いところに嫁がせてやるんだな」
「…失礼します」
シリルは重い鞄を抱え、逃げるように応接の間から出ていった。
「…ふん」
たったこれだけの情報か。
わざわざ、シリルを大聖堂まで引っ張ってくるまでもなかったか。
いや――だが、共有の類のちからは何でも貴重だ。
「…おい、チャン」
「何でしょう」
スワハマの呼び掛けに、部屋の隅で茶を飲んでいた男が顔を上げた。
「共有の類のちからを、思いつく限り挙げろ」
「ええ、嫌ですよ。百はありますから」
「…代表的なところで言え」
「そうですねぇ…色が明かされていない共有の類でいうと…五感を共有するようなもの、記憶や意識を結ぶようなもの、それから相手の姿やちからを真似るようなもの」
チャンは茶をすすりながら、すらすらと候補を挙げていった。
「ああ、相手のちからを底上げするようなものもあり得そうですね」
「便利なものでは、何だ」
「便利なのは、やはり念じた場所へ移動できる転移のちからでしょう。
あとは、伝説として語られる千里眼のちからか」
「千里眼のちからは、パルミアが言っているだけで存在しないだろう」
「いいえ、確かに昔はいたんでしょう。いいですよねぇ、どこでも見通せるようなちから」
チャンは、にちゃぁ…と下卑た笑みを広げた。
「そうしたら毎日、いつでも、リリアンヌ殿下を僕が見守ってあげられる」
「……」
スワハマは、露骨に顔をしかめた。
「ぐふふ…ルイージ宰相も、僕を使ってくださればいいものを。そうしたら僕が、リリアンヌ殿下を手取足取り、じっくりと調べてさしあげるというのに」
チャンは、構わずに続けた。
「一昨日の、リリアンヌ殿下の勇ましい姿を見ましたか?陛下相手に、震えながらも、懸命に言葉を返していた。ぐふふっ…あんな美しい少女がこの世に存在するなんて、知らなかったなぁ」
「……」
「なぜ、陛下は彼女を責めたんでしょうね。お可哀想に…僕がお慰めしてあげたいくらいだ」
「…変態が」
気持ち悪い男だ。
特別なちからについて異様に詳しいのと、汚れ仕事を買って出るから、側に置いてやっているが。
「チャン、お前は、精霊のことはどうでもいいのか?特別なちからについて詳しいのは、精霊に興味があったからだと言っていただろう」
「それは、人の姿の精霊に興味があったからですよ」
チャンは壁際から移動すると、許可もなく正面のソファに腰掛けた。
「知っていますか?スワハマ大教主。精霊の中には、人の姿をした特別な精霊がいるんです」
「当然だろう。ここにも精霊王オーリアの像がある。側近の像もあるな」
「それだけではありません。あと何人か、絵だけが残されている文献を見たことがあるのです」
チャンは興奮するように、はぁ、はぁと荒い息遣いを漏らした。
「その中のひとりに、僕は一目惚れしたんです。それがまさしく、リリアンヌ殿下にそっくりでしてね…あと数年経って成長すれば、その精霊の姿そのものになってしまう」
「……」
スワハマは、さらに眉をひそめた。
どうすれば、ここまで気持ち悪くなれるのか。
「きっと彼女は、その精霊の生まれ変わりなんです。僕のために、この世に生まれて来てくださった」
だが――
この執着は、使える。




