序章Ⅲ(ちからの発現)④
リリアンヌ視点
「お嬢様、お待たせしましたぁ~」
「ニア、ありがとう」
「あれ、全然召し上がっていないじゃないですか」
「あ…ごめんなさい。ジャムを待っていたの」
「お嬢様も、子供らしいところがあるのですね」
ニアは「どうぞ」と言って、ジャムが載った皿をテーブルに置いた。
「ありがとう」
「お嬢様、膝に敷く白布はどうされたのです?」
「え?…なかったよ」
「あれまぁ、それは失礼しました」
ニアは、すぐに棚から新しい白布を取り出した。
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとう。…ねぇニア、今日はお父様、帰ってくるのかな?」
「へ?今は、遠征中ではないですからね。遅くはなるでしょうが、戻られますよ」
「お父様は、毎日登城していらっしゃるの?」
「ええ、そうです。毎日馬車で城壁を越えられて、王城でお仕事をされています」
「城壁って、王城を囲む第一城壁のことだよね?」
「そうです、そうです。その第一城壁を囲む第二城壁の内側に、ここエラドリオール邸もあるのですよ」
「さらにその外側に第三城壁があって、城下町を護っているのね?」
「もう、そこまで習われていらっしゃるのですか。お嬢様のおっしゃる通りです」
ニアが感心したように頷いた。
「第二城壁の内側には、他にどんな建物があるの?」
リリアンヌは、それとなく質問を続けた。
「そうですねぇ…ここから二十分ほど歩いたところに、王城で働かれる方の屋敷がたくさんあります」
「ええと…ここは、第二城壁の北側に位置するのだっけ?」
「正確には、北東です。北側にはお偉方の屋敷が多くて、大通りを挟んだ南側には、騎士様や兵士が暮らす建物があります」
「西側には?」
「西側には大正門があって、大正門の先は城下町です。東側には第一城壁がありますが…あ、大切な建物を忘れていました」
ニアが、はたと思い出すように言った。
「南東の方角には、セスランディア大聖堂があります」
「…!」
ようやく、聞きたかった名前が出てきた。
「セスランディア大聖堂は、霊拝師が生活するところなのでしょう?」
「う~ん…少し違いますねぇ」
ニアは首を捻りながら答えた。
「霊拝師様がいらっしゃるのは間違いありませんが、町にある聖院のような役割もあるはずです」
「聖院って、なあに?」
「お祈りして、教えを聞くところです」
「へぇ…」
すぐに、前世で見た宗教施設を思い浮かべた。
「聖院は、治療院と併設されていますからね。町の人たちにとっては、大切な拠り所です」
「…治療院?」
リリアンヌは不思議そうに首を傾げた。
「はい、治療院。町の人が、病気や怪我をした時に行く場所です」
「…?でも、病気や怪我は、霊拝師が治すのでしょう?」
つい先ほど、そうステファンから聞いたばかりだ。
「お嬢様ぁ~、霊拝師様は、国でたった数十人しかいらっしゃいません」
ニアが、おかしそうに笑って答えた。
「町の人たち全員の病気や怪我まで診て回れませんよぉ。それに、霊拝師様の施術料はとても高いですからね」
「お金を取るの…!?」
リリアンヌは、ぎょっと目を丸くした。
「もちろんです。薬だってお金がかかりますから」
「薬も、霊拝師が作っているの?」
「霊拝師様も作っていらっしゃいますねぇ。霊拝師様の作った薬が、一番よく効きます」
「そうなのね…」
「お嬢様、そう言った話は、私よりもご主人様の方が、もっと知っていらっしゃいますよ」
「…あ、うん。今度、聞いてみるね」
リリアンヌは曖昧に答えて、パンに手を伸ばした。
この国の仕組みについて、まだ知らないことだらけだ。
そもそも、霊拝師の役割が分からない。
セスランディア大聖堂で生活して、各地を巡って、病気や怪我を治すということは分かったけれど。
施術料が高いということは、治してもらえるのは一部の人だけなのだろうか。
セスランディア大聖堂…
きっと、宗教の施設のはずだ。
この間、マルコ先生がちらりと宗教の話をしていた。
この世界を創造したと言われている、精霊王オーリア。
その名は、“物語”にも出てくる。
というより――精霊王オーリアは、最後の敵だった。
“デューゼの森の悪夢”は、森にいるオーリアが瘴気に飲み込まれることで起こった。
デューゼの森は…本当にあるのだろうか。
…もっと、いろいろ知りたい。
だから、まだ白のちからを持っていることは内緒にしよう。
せめて…あと、五年。
“デューゼの森の悪夢”が起こるかもしれない日を過ぎたら、父に伝えよう。
…情報が、もっと欲しい。
そのためには、やっぱりエラドリオール邸にいるだけでは駄目だ。
――城下町に、行こう。
跳躍のちからが使えるのならば、
こっそり町へ出られる方法が、ひとつだけあるから。




