登城のはじまり②
リリアンヌ視点
「瘴気という言葉は、さすがにご存知ないですね?」
「いいえ。聞いたことがあります」
リリアンヌは、わずかに身を乗り出した。
「黒い靄のようなもの…なのですよね?」
「ロデオ総長は、そこまであなたにお伝えしているのですね」
ルイージは、呆れるように溜息を漏らした。
「おっしゃる通り、瘴気は黒い靄です。瘴気に触れた者は強く感情を揺さぶられ、ひどい場合は、感情を喪失した“虚ろ人”となります」
「…虚ろ人」
その言葉を、薬療院で聞いた。
白のちからでも癒すことのできない症状のことだ。
「瘴気がなぜ発生し、どうして感情を揺さぶられるのかは、まだ明らかになっていません」
「えっ…」
思わず声が漏れた。
「どうかしましたか?」
「あ…いいえ。瘴気が何なのかは、まだ明らかになっていないのですね…?」
「ええ。ただ、瘴気が発生するようになったことで精霊のちからが弱まったことだけ分かっています」
「……」
瘴気が何なのか、知られていない。
精霊の呪いだと――伝わっていない。
「リリアンヌ殿下は、この世界にどんな特別なちからを持つ者がいると思いますか?」
「え…ええと…ブライアン殿下が光のちからを持っていることは、知っています」
リリアンヌは、戸惑いながら答えた。
瘴気の話が、終わってしまった。
「ええ。攻撃の類の一種ですね」
「ちからは、種類が分けられているのですか?」
「大きく、五つの系統に分けられます。
それぞれ正式な呼び名もありますが、今は簡潔にお伝えしましょう」
ルイージは穏やかに続けた。
「まずひとつめは、光のちからも属する攻撃の類です。
攻撃とは言いますが、物理的な干渉が可能なちから全般がここに当てはまります。
火のちからや水のちからが、代表的なところでしょうか」
「なるほど」
それなら、攻撃の類のちからを持つ“仲間”は二人いる。
ギタンの持つ土を操るちからも、ここに当てはまりそうだ。
「続いて多いのが、自身や物を強化するちからを持った、強化の類です」
「強化の類…」
自分の持っている跳躍のちからは、これだろう。
「昨日殿下を見つけたアランフォース副団長も、強化の類のちからを持っていることを公にしています」
「…公にしている?」
リリアンヌは、きょとんと目を瞬いた。
「自身が特別なちからを持つ者であることを隠されている方も多くいらっしゃいます。
特に、この後に続く操る類、共有の類のちからを持った者たちは、ほとんど公にしていません」
「なぜ、公にしていないのでしょうか?」
「もちろん、武器になるからです」
ルイージは、さらりと言った。
「ぶ、武器…?」
ぎくりと肩が強張った。
「そうですね…例えばですが、この世には、“語らせのちから”を持つ者がいます」
「…語らせのちから」
聞いたこともないちからだ。
「これは、自白を強要するちからです。そのちからを受け、問われた者は、抗うことはできません」
「ぜ、絶対に抗えないのですか?」
「はい、できません。尋ねられたことを、洗いざらい話します」
「……」
もし自分にそのちからを使われたら、簡単に“物語”の話をしてしまうだろう。
「操る類のちからは、ほとんどの場合、直接触れなければ使用することができません。
ですから、そんなに心配しなくて結構ですよ」
ルイージは、ふっと笑って言った。
「さて、リリアンヌ殿下。そういうちからを持った者が触れてこようとした場合、あなたならどうしますか?」
「全力で、逃げます」
リリアンヌは即答した。
「ははっ…逃げてしまいますか」
なぜか、ルイージがおかしそうに笑った。
「ですから、公にしていない場合が多いのですよ」
「あ…そういうこと」
やっと、ルイージが言っていた意味が分かった。
語らせのちからを持っていることを事前に知っていたら、その人に近づこうともしないだろう。
対策も取られてしまいそうだ。
「ええと…語らせのちからは、操る類に属するのですね?」
「ええ、そうです。この系統に関して、情報はかなり少ないです。共有の類も同じことが言えます」
ルイージは表情を戻して、淡々と続けた。
「共有の類には、どんなちからがあるのでしょうか?」
「一番有名なのは、どんな類のちからを持っているかを調べることができる、鑑定のちからでしょうか」
「あ…!鑑定士ですね」
鑑定のちから。
これもまた、“仲間”のひとりが持っているちからだ。
「よくご存知ですね。リリアンヌ殿下は、まだ鑑定士に調べてもらっていないと伺っていましたが」
「…はい。その職業については、習っただけです」
「貴族や一部の平民は、子が十歳を迎える前に鑑定士へ頼んで、“特別なちからを持つ者”かどうかを調べます」
「どうして、もっと早く鑑定しないのでしょうか」
生まれてすぐに鑑定しても、よさそうだけれど。
「幼児の場合、ちからが弱すぎて見つからないことがあるからです」
「へぇぇ…そうなのですね」
だから、ブライアンは九歳の時に光のちからを持っていることが分かったのか。
「ああ…そうか」
ルイージが、はっと息を漏らした。
「鑑定士に…」
「…?」
「…失礼しました。まだ話の途中でしたね」
ルイージは再びリリアンヌに顔を向けた。
「最後のひとつは、白のちからです」
「…ん?白のちからは、どの系統に入るのでしょうか」
リリアンヌは、不思議そうに首を傾げた。
「先ほど述べた四つの中には、入りません。白のちからも合わせて、五つの系統に分けられます」
「白のちからだけの系統があるということですか?」
「ええ。白のちからは、特別ですから」
「……」
白のちからは、特別――
やけに、その言葉が胸に響いた。
「リリアンヌ殿下は加護を授かったことにより、今お話したいずれかに属するちからを使えるようになったはずです」
ルイージは、気にすることなく続けた。
「攻撃や強化の類、白のちからに関しては、生きていくうえで自身で気付く者もいます。
ですが、操る類、共有の類の場合は、自力で見つけることはまず難しいです」
「どれ…なのでしょうね」
異形の存在を消し去るようなちから…
やっぱり、攻撃の類なのだろうか。
それとも、底上げを手伝うような共有の類か――
「それは一度、置いておきましょう」
「…えっ?」
リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
「今日はこのまま、特別なちからについて話していきましょうか」
ルイージは、切り替えるようにモノクルを押し上げた。
「…はい」
加護のちからを調べるために呼ばれているのに、
置いておいていいのだろうか。




