登城のはじまり①
リリアンヌ視点
「はぁ、なるほど…それではリリアンヌ殿下は、精霊の考えていることが分かるのですね」
正面に座る男は、じっと肩に目を向けていた。
「はっきりとは分かりません。こんなことを望んでいるのだろうなと、漠然と理解できるだけです」
リリアンヌは、正直に答えた。
「その現象は、加護を授かってからとおっしゃっていましたね」
「はい。加護を授かった瞬間から、スノウと繋がりを感じるようになりました」
「本当に、不思議ですね…」
男は、くいっとモノクルを押し上げた。
「加護とは一体、どういう仕組みなのか…」
「…あの、ルイージ宰相」
リリアンヌは、正面に座る男の名を慎重に呼んだ。
「どうしました?」
「この後…私は、どこかに連れて行かれるのでしょうか?」
「え?いいえ、今日は私と話していただくだけです」
「えっ…あ…そうなのですね」
「ああ…申し訳ありません。先に、その話をするべきでしたね」
ルイージはスノウから目を離すと、ソファの上で姿勢を正した。
「これからリリアンヌ殿下には、私と話をしながら、少しずつ加護のちからについて解き明かしていただきます」
「…話をするだけですか?」
「そうですね…まずは、午前の時間を使って私と話をしていただきます」
ルイージは、ふっと苦笑いをこぼした。
「こんな怪しげな男と二人きりで不安かとは思いますが、何卒お付き合いください」
「い、いいえっ…」
リリアンヌは、小さく首を振った。
「その…貴重なお時間をいただいてしまって、申し訳ありません」
「リリアンヌ殿下…どうか、気を遣わないでください。思うように話をしていただいて結構ですから」
「……」
そんなわけにはいかない。
相手は、宰相なのだから。
だけど…正直、拍子抜けだ。
精霊の加護を授かった、翌日――
一体、どんな調べ方をされるのだろう、
どんな人たちに問いただされるのだろう、と考えていたのに。
ただ、宰相と二人きりで穏やかに話をしているだけだった。
「話を戻しましょう。リリアンヌ殿下、何かちからを得た感覚はあるのでしょうか?」
「…いいえ。何も感じません」
間を置いて、リリアンヌは首を振った。
「加護を授かると、その精霊が持つちからを使うことができると言われています。ですから、リリアンヌ殿下は何かしらちからを得てはいるのですが…」
「……」
ルイージの言葉は――半分、合っている。
精霊の加護を授かると、
“自分が持っているちからの底上げ”と、“精霊が持っているちから”を使うことができる。
スノウがどんなちからを持っているのかは、“物語”ではっきり描かれていない。
昨日スノウが放った火花による反撃は、ちからとは別ものだ。
“物語”でマドカが異形の存在の大群を消し去ったのは、スノウのちからによるものだった。
スノウが消えた後は、もう異形の存在を消し去ることはできなくなった。
けれどその後も、マドカは白のちからで異形の存在を“弱体化”することができた。
どちらも、異形の存在に働きかけるようなちからだ。
白のちからとスノウの持つちからは、似たものなのかもしれない。
これを、ルイージに説明することは難しい…
白の使い手であることを隠しているし、異形の存在の名を出していいのかも分からない。
それに…スノウのちからは、できる限り使いたくない。
ちからを使いすぎると、精霊は消えてしまう――
「…ごめんなさい。何も分からないです」
だから、こう答えるしかない。
「謝らないでください。我々も、何も分からないのですから」
ルイージが穏やかに言った。
「一緒に、ゆっくり探っていきましょう」
「…はい」
ルイージは、驚くほど優しい。
「リリアンヌ殿下は、特別なちからについて、どこまで習っていらっしゃるのでしょうか」
「特別なちからを持つ者という言葉は、習っています」
リリアンヌは、すぐに答えた。
「過去に加護を授かった者の子孫の中から、同じちからを使える者が生まれることがあるのですよね」
「ええ、その通りです。初代セスランディア王は、百近い加護を授かったと言われています。ですから、王族の血を引く者からは“特別なちからを持つ者”が生まれる可能性が高いのです」
「あ…なるほど」
もしかして、白のちからも跳躍のちからも、初代セスランディア王が持っていたちからのひとつなのだろうか。
「それでもやはり、時代の流れと共に、“特別なちからを持つ者”が生まれることは少なくなっています。精霊が見えなくなったとされる四百年前に比べたら、使えるちからも弱まりました」
「あの…ルイージ宰相、質問をしてもいいでしょうか」
「どうぞ、いくらでもしてください」
「なぜ、四百年前から精霊が見えなくなってしまったのでしょうか?」
理由は、知っている。
精霊狩りが続き、精霊が消えていってしまったから。
けれど教師は、長い年月を経てちからが弱まったからだと話していた。
まるで、精霊狩りなどなかったように。
「精霊自体のちからが弱まってしまったからと言われています」
ルイージは、あっさりと答えた。
「そう…ですか」
やっぱり、教師と同じ答えだ。
「精霊のちからが弱まった原因は、瘴気にあると言われています」
「…!」
リリアンヌは、ぴくりと顔を上げた。
それは、初耳だ。




