まだ誰も知らない真実①
リリアンヌ視点
「スノウ。ここが、私の部屋だよ」
「ホ~」
「ええと…精霊って眠るのかな。鳥と一緒なら、止まり木とかあった方がいいのかも」
リリアンヌは、きょろりと部屋を見渡した。
「とりあえず、窓辺に――あ」
スノウが、ぱたぱたと羽ばたいて肩から離れた。
そのまま、ベッドの枕の横にちょこんと止まった。
「そこでも大丈夫なの?」
「ホ~」
「それなら、一緒に寝られるね」
「ホ~」
「ふふっ…可愛い」
リリアンヌはベッドの端に座り、精霊をそっと撫でた。
「元気になってくれて、良かった」
本調子かどうかは分からないけれど、
少なくとも昼間よりは、光が強まっている。
「…ね、もう一度、白のちからを送ってもいい…?」
「ホ~!」
スノウは、嬉しそうに羽をばたつかせた。
「白のちからが、好きなのかな?」
リリアンヌはふふっと微笑むと、スノウを両手で持ち上げた。
なんて可愛いのだろう。
真っ白な柔らかい羽毛に、ほんのり青みを帯びた白い光に包まれている。
黒いつぶらな瞳で、こちらを見つめている。
――この子が、ずっと元気でいてくれますように。
リリアンヌは願いを込めて、スノウに白のちからを送った。
「ホ~…!」
スノウは手元から離れ、嬉しそうに部屋中を飛び回った。
「ふふっ…」
見ているだけで、心が癒される。
「お嬢様~、入りますよ~!」
「!」
「お望みのものをお持ちしました」
扉から、分厚い本を抱えたニアが入ってきた。
「ありがとう、ニア!」
リリアンヌは扉まで駆けると、嬉しそうに本を受け取った。
「なんにも書かれていない、ただの手記帳ですよ?」
「それで、いいの」
これで、日記を書ける。
これで、未来のことを整理できる。
「…ね、ニア」
リリアンヌは日記帳を机の上に置き、まっすぐニアに向き直った。
「今日は、本当にごめんなさい」
「!?お、お嬢様、駄目ですよぉっ…」
「たくさん、迷惑をかけました。申し訳ありませんでした」
頭を下げるだけでは、足りない。
ニアには、誰よりも迷惑をかけてしまった。
「…私が目を離したばかりに、お嬢様は怖い思いをされました」
悲しげな声が、ぽつりと落ちた。
「私は…侍女失格です」
「…!違う!」
リリアンヌは頭を上げ、強く首を振った。
「ニアは、最高の侍女だもの…!」
「…ステファン様から、伺いました」
ニアの目は、涙で潤んでいた。
「ご主人様が私を罰さないように、お嬢様が訴えかけてくださったと」
「もちろん…!だってニアは、何も悪くない」
「…私はまだ、お嬢様のお傍にいていいのでしょうか」
「ニアじゃなきゃ、嫌…!」
「!」
「私は、ニアがいい!」
リリアンヌは、飛び込むようにニアの腰元に抱きついた。
「お、お嬢様…こんなこと、私なんかに」
「私が、すべて悪かったの」
もっと早くスノウのことを思い出していれば、いくらでも方法はあった。
こんな大ごとにだって、ならなかったかもしれない。
「もう二度と、ニアを巻き込まない」
もう、誰かを巻き込むのは終わりだ。
「だから、お願い…傍にいてください」
こんなに自分を理解してくれる侍女は、他にいないのだから。
「…お嬢様だって、悪くないですよ」
「…えっ?」
リリアンヌは、ぱっとニアを見上げた。
「お嬢様にはきっと、不思議なちからがあるのでしょうね」
ニアは、優しい笑みを浮かべていた。
「お嬢様は、どうしても行くと譲らなかった。そうしたら、精霊様を見つけてしまったんです」
「……」
「何かに導かれたのかもしれませんねぇ」
「…そうかな」
リリアンヌは目を伏せ、そっとニアから体を離した。
「あの子が、精霊様ですね?」
ニアは気にせず、ベッドの方へ目を向けた。
「…あ、うん」
いつの間にか、スノウがベッドに戻っている。
「私が近寄っても大丈夫でしょうか?」
「うん。大丈夫だよ」
「わあ…本当に可愛らしい子ですね」
ニアはゆっくりとベッドに近づき、まじまじとスノウを見つめた。
「あ…精霊様に可愛らしい子なんて、失礼でしたでしょうか」
「ううん。スノウは、何も気にしてない」
リリアンヌは、くすっと笑って答えた。
「スノウ様、ですか。はぁ…可愛くて、賢そうで…まるでお嬢様のようです」
「…ありがとう」
「寝床はどうしましょう?鳥籠を準備した方がいいのでしょうか」
「う~ん…とりあえず、大丈夫かな。夜も、一緒にベッドで寝るみたい」
「そうなのですか?本当に、良い子ですね」
「うん…!スノウは、良い子なの」
リリアンヌは、声を弾ませて頷いた。
スノウ自身に興味を持ってくれたのは、ニアが初めてだ。
「では、お嬢様。スノウ様にはここにいてもらって、お風呂に入りましょう」
「うん」
「ええと…寝間着と、下着と…」
「…あのね、私まだ、加護を授かったことを実感していないの」
リリアンヌは準備を進めるニアを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「…何が変わったのか、分からない」
分からないのに――国に尽くすことになった。
「変わりませんよぉ。加護を授かっても、お嬢様は、お嬢様なのですから」
「…私は、私?」
リリアンヌは、小さく目を瞬いた。
「精霊様の加護を授かったなんて、本当はすごいことなのでしょうけれどね」
ニアは、準備する手を止めることなく続けた。
「私にとってはそんなこと関係なく、いつでも可愛くて賢くて、自慢のお嬢様です」
そう言って、ふふっと笑みをこぼした。
「…さ、お嬢様――」
気付けば、
ニアの背中に、ぎゅっと抱きついていた。
「はぇっ…!?お、お嬢様ぁ?」
「ありがとう、ニア…」
加護を授かって――
国王に問い詰められて、
大教主に大聖堂へ入れと言われ、
家族を、悲しませてしまった。
ニアだけは、変わらずにいてくれた。
変わらないと、言ってくれた。
「ニアは、やっぱり最高の侍女だよ…」
「ふふ…今日のお嬢様は、随分と甘えん坊ですねぇ」
ニアはそっと手を伸ばし、たどたどしくリリアンヌの背中をさすった。
「ほら、お嬢様、大好きなお風呂へ行きますよ。今日は頑張りましたからね、うんと綺麗にしましょう」
「うん…!」
リリアンヌは嬉しそうに頷くと、ニアと共に扉へ向かった。
「そういえばお嬢様、いつまでそれを着けているのですか?他のは、とっくに外したというのに」
「えっ…あ、ええと…今日だけ…」
「よっぽど、その指輪が気に入ったんですねぇ」
「…うん」
ぱたん…と閉められた部屋の中で――
精霊は、ぱっちりと目を開けていた。
周囲を確認するかのように、きょろりと目を動かし、首を傾けた。
「…ホ~」
精霊はそっと目を閉じると、体の光を淡く揺らがせた。
ゆらゆらと、ゆっくり――
まるで、何ものかに合図を送るかのように。




