大国の王⑥
レックス視点
「陛下!あなたは一体、何を考えているのですかな」
玉座の前では、まだスワハマが騒ぎ続けていた。
「精霊は、国へ献上するべきだ!そうですな…ブライアン殿下がそのちからを持つべきだとは思いませんか」
「おお、それはいいな」
「確かに、ロデオ総長のご息女が持っているよりはうまく使えそうだ」
「ブライアン殿下が精霊の加護を持てば、他領や隣国へもよい牽制になる」
スワハマの意見に同調するように、取り巻きが騒ぎ出した。
「スワハマ大教主。精霊を手に入れたところで、加護を貰えるわけではないですよ」
玉座の横に立つルイージが、静かに口を開いた。
「ああ…失礼。精霊王の教えを深く扱っている方なら、それくらい、もちろん知っていらっしゃいますね」
「ふん、そんなことは分かっている」
スワハマは、馬鹿にするような目でルイージを睨みつけた。
「それならせめて、彼女を管理するべきでしょうぞ!リリアンヌ殿下は、まだ幼い。国を挙げて教育するべきだ」
「リリアンヌ殿下を道具扱いするとは、なんという不敬ですか…!」
ルイージが鋭く返した。
「道具扱いだと?そんなことはしていない。ただ国で管理すべきだと言っている」
「まだ何も分からない状況なのに、何を管理するというのです」
「ああ、いちいち煩わしいな…陛下、なぜご理解いただけないのです?陛下も、精霊の加護がどれほど素晴らしいものか学んできたはずだ!」
スワハマは、小さな目をレックスに移した。
「儂が、つきっきりで教育をいたしましょう!どうか、その役目を儂に――」
「黙れ」
レックスは、冷たく一蹴した。
「お前の意見など聞いてない。さっさと出ていけ」
「…御意に」
スワハマは、不承不承返した。
最後にレックスを睨みつけると、取り巻きを伴い、玉座の間を後にした。
「エドガー」
「はっ」
エドガーは、すぐさま壁際に向かって手で合図を送った。
壁際に立つ国王直属騎士団が、静かに入り口へ向かっていった。
「……」
レックスは頬杖をつきながら、その様子を眺めていた。
精霊…か。
正直、どうでもいい。
精霊は過去、確かにいた。
特別なちからを持つ者が生まれる以上、加護のちからも本物だ。
だが、精霊が消えた今、戦況を覆すような“特別なちからを持つ者”は現れない。
…もっとも、ちからなど関係なく、戦況を覆すような連中はいるが。
加護がなくとも、軍事力は十分に足りている。
時代が違う。
あの鳥は、九割方本物の精霊だ。
加護を貰ったというのも、本当だろう。
そこだけは嘘をついていないように見えた。
だが、それだけだ。
加護があったとして、あんな子供に何ができる。
異形の存在でも消し去ってくれるというのなら、別だが。
スワハマも、精霊そのものが欲しいわけじゃない。
欲しいのは、“精霊を抱えている”という事実だ。
それが無理なら、加護を貰った王弟の娘を手元に置いておきたいのだろう。
…また面倒な火種が増えた。
「…面倒くせぇ」
「陛下。言葉遣いが戻っています」
すぐにエドガーから小言が飛んだ。
「もうお前らしかいない。好きにさせろ」
レックスは頬杖をついたまま、さらに深く椅子にもたれた。
「ちっ…余計な仕事を増やされたな」
どうでもいいが、スワハマの言う通りにだけはさせたくない。
リリアンヌは一応、王位継承権を持っている。
スワハマに使われれば、また厄介なことになる。
「おい、レックス。お前の姪のことだろう。もう少し興味を持ったらどうなんだ」
今度は、ルイージから小言が飛んだ。
「ルイージ、お前に任せる」
レックスは、片手をひらひらと振って返した。
「明日から、お前が面倒を見ろ」
「面倒を見ろって…一体、どう試していく気なんだ?」
「だから、任せる」
「丸投げかよ…俺の仕事はどうするっていうんだ」
ルイージは、はぁ…と深い溜息をついた。
「…念のため、二人つけておけ」
レックスは付け足すように言った。
「護衛をか?随分、厳重だな」
「頭の悪い奴らは、いくらでもいる」
リリアンヌが加護を貰ったという噂は、一瞬で貴族の中で広がるはずだ。
本当にリリアンヌは、加護を貰ったのか。
それとも、ただの妄想少女なのか。
本物だとしたら、王弟の娘を自身の陣営に引き込めそうか。
見定めようと近づく馬鹿は、多くいる。
「……」
ふと向けられる視線に気付き、目を向けた。
「…何か言いたそうだな」
「精霊を見つけたことは、悪いことなのですか」
「あ?」
「精霊の加護を貰うのは、めでたいことではないのですか」
玉座の下から、アランフォースがまっすぐに見上げていた。
「…確かに、めでたいかもな」
何かはまだ分からないが、“特別なちからを持つ者”がひとり増えた。
それ自体は、めでたいことだ。
「それが、なんだ」
「陛下は、彼女を責めるばかりでした。なぜ、よくやったと褒めてあげないのです」
「……」
レックスは口を閉じ、じっとアランフォースを見やった。
「随分と…珍しいこともあるものですね」
「あなたもです、ルイージ宰相」
アランフォースは、さっと顔をルイージに向けた。
「誰しもが、彼女を責め立てるばかりだった」
「…そういうつもりはなかったのですが。それは、大変失礼しました」
「おい、アランフォース。お前、リリアンヌと何があった」
レックスは、ルイージとかぶせるように尋ねた。
「何もありません。先ほどの報告通りです」
アランフォースは、すぐに表情を戻した。
「……」
それだけのことで、こいつがここまで食い下がるのか。
普段、淡々と任務をこなすだけのこの男が。
余計な感情は不要だとばかりに、終始無表情のこの男が。
ひとりの少女へ、微笑みを向けた。
…リリアンヌ、か。
ロデオが、あそこまで溺愛する娘。
目の前の無愛想な男に、ここまで言わせた。
玉座に座る自分と対峙すれば、大概の者は怯え、疚しいことをしていなくても下を向く。
子供なら、泣き叫びそうなものだ。
実の息子ですら、自分と話す時は目を逸らす。
リリアンヌは、最初から目を離さなかった。
目を逸らしたのは、アランフォースへ質問を続けた時くらいか。
声は震えていたが、終始冷静だった。
自分が責められているのに、アランフォースを罰するなと訴えた。
そうかと思えば、牢屋に入れるのかだの家族といたいだの、子供のようなことを言う。
いや、実際に十にも満たない子供だ。
リリアンヌ、か。
精霊より、加護の話より――
俄然、リリアンヌ自身の方に興味が湧いた。




