大国の王⑤
リリアンヌ視点
玉座の間から王城の入り口へ向かうためには、大広間の前を通るしかない。
大広間の前の階段では、多くの客たちが囁き合っていた。
祝宴は、中止されたわけではなさそうだ。
それでももう、大広間から演奏は聞こえなかった。
「…あっ…!」
誰かが上げた声に、客たちが一斉にリリアンヌたちへ顔を向けた。
「ほら、あの子が…」
「噂の、ロデオ総長のご息女ねぇ…」
「溺愛されているって、本当だったんだな」
囁き合う客たちの声が、しっかりと耳に届いた。
「…リリィ、顔を上げなくていい。反応もするな」
「…はい」
素直に、父の言葉に従った。
「精霊を見つけたとおっしゃっていたわ」
「ま…少し、独創的な発想をされる方なのかしら」
「でもほら、肩に…」
「鳥…?え、光ってる…?」
囁き声を背に、エラドリオール親子は足早に王城を後にした。
王城の外では、多くの馬車が止まっていた。
ロデオは止まっている馬車を通り越し、構わず歩き続けた。
「…?」
てっきり、馬車に乗るものだと思っていた。
エラドリオール家の紋章が入ったものまで、止まっていたのに。
「あの、お父様」
「このまま、歩いて帰る」
「…はい」
リリアンヌは、さっと口を噤んだ。
どう見ても、父の顔は怒っている。
当たり前だ。
父との約束を、反故にしたのだから。
謝っても、許されない。
許されなくても、いい。
それでも、スノウを見つけたことだけは後悔したくなかった。
第一城壁の正門に立つ門番が、通り過ぎる自分たちへ敬礼を向けた。
馬車に乗らず歩いていても、誰ひとり何も言わなかった。
「明日…私と一緒に登城しよう」
しばらくして、ロデオが静かに口を開いた。
「できる限り、お前と共に登城する。どうしても難しい時は、必ず護衛をつけるからな」
「…ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
一体、明日から何が始まるのだろう。
何を、試されるのだろう。
「お前は…赤子の頃から、不思議な子だった」
「…えっ?」
リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
「泣くこともせず、何かをねだることもせず、ずっと大人たちの顔色を伺って生きてきた」
ロデオは、まっすぐ前を見たままだった。
「誰かの邪魔をすることを嫌がり、すべて自分で解決しようとしてしまう」
「……」
怒られて…いるのだろうか。
「なあ、リリィ…それは、大きな間違いだ」
ロデオは、ゆっくりとリリアンヌに顔を向けた。
「お前が寂しいからと、庭園に出てくるわけがない。客間にいた時に、窓から何か見えたのだろう?」
「…あ」
そういえば、あの客間の窓からは庭園が望める。
いまさら、そのことに気付いた。
「私はな、お前が思うよりずっと、お前のことを愛している」
「…はい」
リリアンヌは、慎重に頷いた。
それは、今日一日でもよく分かった。
「どうすれば、お前も私を愛してくれる…?」
「!?あ、愛しています、お父様…!」
咄嗟に、慣れない言葉が口を衝いて出た。
「そのっ…ご迷惑をおかけしてしまったことは、お父様が嫌いだからということではなくて」
「そうではない」
ロデオは、静かに首を振った。
「迷惑をかけてもいいんだ。だが、まず相談をしてほしかった」
「精霊を…客間の窓から見つけた時に…?」
「そうだ。そうすれば、お前が精霊に近づくこともなかったし、加護を貰うこともなかった」
「お父様は…精霊を見つけたことを、良くないことだと思っているのですか…?」
リリアンヌは、そっと問いかけた。
「私が加護を授かったことに、反対していらっしゃるのでしょうか」
「そんなものがなくても、お前は十分秀でている」
「…そんなもの」
その言葉に、胸がちくりと痛んだ。
「鳥が欲しかったのならば、私が買ってあげた」
父の声は、真剣だった。
「リリィ…今からでも、加護を外すことはできないのか…?」
「…っ」
リリアンヌの目から、ぽたりと涙がこぼれ落ちた。
「…!どこか痛いのか…!?」
「…っ…いいえ、ごめんなさい」
噛み締めた唇が、小刻みに震えた。
「…ごめんなさい」
心が、苦しい。
いっそのこと、嫌ってくれればいいのに。
聞き分けのない娘だと、罵倒してくれればいいのに。
「やっと泣いてくれたな」
「…!」
「玉座の間では、怖かっただろう。お前は、よく頑張った」
ロデオは、娘の背をとん、とんと優しく叩いた。
「…お父様が、傍にいてくれましたから」
「お前は…親より先に、別の男に涙を見せたな?」
「…あ、アランフォース副団長のこと?」
リリアンヌは、ぎょっと顔を上げた。
「当たり前だろう。よりにもよって、あんな男と」
「あんな男…?」
「…まあ、いい。あいつの話は、いい」
ロデオは手を伸ばし、優しくリリアンヌの目元を拭った。
「リリィ…屋敷に戻るまで、いつものをやってくれないか?」
「…はい」
リリアンヌは両手を伸ばし、ロデオの肩をぎゅっと抱きしめた。
「大好きです、お父様」
アランフォースの時とは違う、安心感に包まれた。
「…登城することになっても、ポニーは買ってやるからな」
「…!いいのですか?」
「お前が、あれだけ目を輝かせていたんだ。それから、護身術の件も前向きに検討しよう」
「ありがとうございます、お父様…!」
「だが今日は、アヴェリーンとサイラスのためにも、家族のことに頭を向けてくれ」
「もちろんです」
「…何も問題ないと、アヴェリーンを安心させてやろう」
「はい。屋敷に戻る前には、泣きやみます」
「ふっ…本当にお前は、子供らしくないな」
「だって…お母様を悲しませたくないですから」
「そうだな…私も、お前を悲しませたくない」
ロデオは首を傾け、リリアンヌの頭に優しく頬を寄せた。
「お前がつらいことを、させたくない」
「…お父様。大好きです」
リリアンヌは誤魔化すように、巻きつける腕を強めた。
「お前を、愛している」
「…はい。私も愛しています」
これだけ、愛してくれているのに。
父の望む娘でいられないことが――
苦しくて、仕方なかった。




