風 ⅩⅩⅩⅨ
ⅩⅩⅩⅨ 接触
「随分大胆に出たもんだな」
「チャンスは最大限に活かさないとね。そっちも手出しできないし」
「理由は存在すればいい」
「態度は立派だけど、そんな覚悟なんて微塵もないくせに」
「派閥の――それもトップが相手ならやるさ」
レイヴィス学院来賓館一室の対談室に敵意をむき出しにしているレイと、世間話をするかのようにリラックスをしている青の派閥頭首。
お互いに机一つ分の頼りない距離を開けて椅子に腰掛けていた。
「前から言ってるけど、私は敵対するつもりはないんだけどな」
「俺は今までその言葉に騙され続けてきた。だから信じない」
「騙すつもりも嘘を言っているつもりもないんだけど?」
「俺の姉と言って接触してきてる時点で教員を騙して嘘を吐いてるだろ」
「それは、そうだね。でも、レイ・ラ・アストレスは知ってて来たんでしょ?」
確かに断る事も出来た。ただ、ここまで大胆に接触して来る奴の顔を見ておきたかったのだ。
〈青の派閥〉は前から敵対はしていないと宣言していた。その言葉通り、戦闘になったことは一度もない。でも、他の派閥に協力している時点でレイは敵と認識している。
「ま、今日は話さないといけないことがあるから大胆に出たんだけどね」
「俺に話す気はない」
「うん。じゃあ口は閉ざしてて。でも耳は閉ざさないでね。これは間違いなくお互いに必要不可欠な情報だから」
「………………」
腕を組んで改めて深く椅子に腰を沈める。
とりあえず話を聞くらしいと思った〈青〉は用意されたお茶で口を潤してから話す。
「学院に派閥が潜入しているのは知ってるよね。それに加えて、私を含めた全頭首がこのトーナメントを観に来てる」
ガタッと思わず机の脚を蹴ってしまうほどに動揺が態度に現れてしまった。それを微笑みながら話を続ける。
「更に魔研の連中も観覧者として学院にいる。何人か既に見てきたがら間違いないよ」
そこで一度話を切り、レイの様子を伺う。案の定、真面目に話を聞く気になって身を乗り出し、早く続きを話せ、と言いたげだった。
「つまり、これほどの人材がいるって事はどう言うことかわかる?」
「何か、起こる可能性があるってことか」
「可能性じゃないよ。確実に何か起こるの。それも学院全体に影響を及ぼすほどの何かがね」
「学院が陥落するとは思えないが……」
「レイ・ラ・アストレスは過信しすぎだよ」
「レイでいい」
「……どういう風の吹き回しかな。敵対してるんじゃないの、私?」
「ただ長いのが気に食わないだけだ。どうせなら短い方がいい」
「そう。でも他の人と一緒ってのもつまらないし。じゃあアストレスからもじって、アトレス、でいいかな?」
ガタンッ!
椅子を倒す勢いで立ち上がる。
(何でコイツがその名前を知っている!!)
動揺があからさまに出てしまうほどにレイは驚いた。
その名前はミオと博士しか知らないはずなのだ。支障であるナターシャにさえ知られていない名前を偶然に当てられるとは思えない。
「どうしたの。何か不都合でもあったかな、アトレス?」
「っ!!」
挑発するような言い方に冷静さをなくしてしまったレイは思わず殴り飛ばしてしまう。
椅子から転げ落ちた〈青〉は殴られた頬を抑えながら起き上がる。
「いたた……。いくら何でも、女性の顔を殴るのはどうかと思うよ」
「あ、くっ!」
自分の拳を見て不甲斐なさがこみ上げてくる。
「やっぱり、レイって呼んだ方がいいみたいだね。……今日は帰るわ」
「………………」
引き留める気にもなれないレイはただ自分の拳を見つめていた。
ドアノブに手をかける寸前に〈青〉はレイに告げる。
「そうそう。レイは学院を過信しているよ。どんなに強くても、どんなに世界中の憧れであろうとね、所詮ナターシャ・ファブリスは人間でしかないんだよ」
返事も待たずに〈青〉は対談室を出て行く。
扉を閉めて少しした後、何かが割れる音と悔しさを交えた叫びが聞こえてきた。
(さすがにやりすぎだったかな。でも、印象は与えられたからいいか)
「随分な姿だな」
「あら、これはこれはファブリス学院長。こんな所までどうかしましたか?」
「いやなに、師匠としてアイツの姉と名乗る人物の顔を拝みにきただけさ」
頬を抑えているのをみて口を歪める。
「なんだ、弟にでも殴られたのか?」
「えぇ、ちょっとした姉弟ケンカですよ」
「余計なことをするからだ。学院長としてはそういったことは控えてもらいたいな」
「ふぅん。あくまでも学院の長としての立場でいるつもりなんだね」
「言っている意味が理解できんな」
「とぼけないでよ。彼を利用する気なんでしょ」
師匠という名目で。
そこまでは口に出さないが、視線で訴える。
それを察したのかはわからないが、ナターシャは〈青〉を鼻で笑うとその場を去る。
遠ざかる背中にポツリと言い残した。
「私たちと同類なんだから、逃げることは許さないよ」
「……レイ」
「どうした」
「……顔色、悪い。体調、優れない?」
明らかに様子のおかしいレイをニールは敏感に察した。
「大丈夫だ、問題ない。それより、対戦は何時だ」
「……一時間」
「じゃあ、飯でも行くか?」
ニールは頷きつつ、いつもは食事をめったに取らないレイを不審に思った。
「ここ最近は飯食ってないからウィーを喚べないんだ」
「……戦えない」
「戦えはする。負けるつもりもない」
でも、いないと違和感があって集中できない。
出そうになった言葉を呑み込み別の言葉を吐き出す。
「確実に勝ちにいきたい」
「……協力、する」
レイにとってニールは仲間などではない。ただ利用しているだけ。それをニールもわかっているのかもしれない。
昨日、ニールと話すまでは気になっていた。どうして簡単に協力するのか、と。
それがわかっている今、レイは無意識に彼女に対して別の感情が浮き出ている。
「頼む」
トーナメント中は観戦しながらでも食事が取れるように屋台を出しているところが多い。
レイ達も簡単に済ませられるようにそこでケバブを買って控え室に向かった。
「……美味しい」
「よくわからん。食べられれば基本何でもいいからな」
「……一緒に食べる。いいこと。だから、美味しい」
「そういうことか。あんまり気にしたことなかったな」
前まではミオが朝と夜を作ってくれたのでそれが当たり前だと思っていたし、こうして誰かとご飯を共にするなんて思っても見なかった。初めての経験にレイは不思議とイヤな感じはしない。
ニールも誰かと食事なんて無いに等しかったので、こうして一緒に食べられることに嬉しさを覚えているようだった。
(こうやって見れば、普通の女、なんだよなぁ……)
ニールの産まれを聞いたレイは複雑な気持ちで眺めていた。見る限り本人はあまり気にしていないようだが、昨日の泣き顔を思い出して頭から中々離れなかった。




