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風の精(スプライト)  作者: 花一匁
二章 風と仲間
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風 ⅩⅩⅩⅧ

ⅩⅩⅩⅧ 襲来





真夜中に彼女は目覚めた。周囲を確認して他に誰もいないことを確かめる。

窓から外を見ると、外を見回っている教員の影が眼に入る。学院外の人を招き入れているからか、見回りの教員がいつもより多い。

それに対して軽い舌打ちを一回して黒い外套を纏って外へと向かう。気づかれないように慎重になりながら警備をくぐり抜ける。

バクンバクン、と誰かに聞こえるのではないかと思えるほど心臓がうるさく鳴り響く。


シャリ、シャリ


小石を踏む音が耳に聞こえる。

向かい側から誰かがやってくる!

慌てて引き返そうとするが、後ろからも足音が近づいてきていることに気づいた。

詰んだ。頭の中でその言葉が過ぎり、もう少し動くのを我慢すれば良かった、と後悔する。

見つかるのを覚悟で突破しようと考えたが、それはあまりに無謀で言い訳すら出来ない状態に陥ってしまう。

だったら、と自分から正体を明かそうとしたとき――。


ドンッ!


何かが揺れ、その衝撃で教員たちの体制が急に崩れた。何が起きたのかわからないまま走り出す。

一瞬ライトに捕らえられるが黒い外套を着ていたことが功を成し、誰か判別される前に目的の男子寮へとたどり着いた。


「ふぅ……」


後ろから誰かが来る気配はない。音を立てないように階段を上がって一室の前で止まる。


『レイ・ラ・アストレス

 ミオ・フェリシモ』


何故彼女の名前があるか理解できない。ここは男子寮のはずだ。男女混合は許されていないはずなのに学院はそれを認めているらしい。

しかし、こんな夜更けなら二人は寝ているはずだ。予め持っていたビニールをドアノブに巻きつけ、ガムテープで固定する。これならば音を出さずに感触だけで鍵が開いたかわかる。

鍵穴に加工した針金を突っ込み、細かく動かす。すぐに針金の動きが変わった。鍵が開いたと判断してドアノブを回してからビニールとガムテープを回収する。

一歩部屋の中に入り、音を立てないようにドアを閉める。

真っ暗で何も見えないが、すべての寮の部屋の構図は改装していない限り同じらしいので、頭に叩き込んだ構図を辿りながら歩き出そうとするが。


「わざわざお疲れさまだな。こんな夜更けに」


「っ!?」


上から抑えつけられた。

魔法ではなく人の体重。上からとなると進入したことに気づかれていたことになる。


「……侵入者確保」


ここにはいないはずの声に思わす顔を上げる――外套を頭まで被っているため顔の認識はまだされていない――とニールセン・ヴィヴィオの姿がそこにあった。


「女か」


上に乗ったレイが呟きながら外套を剥がす。

翡翠の髪色が現れる。それに見覚えのある二人は一瞬だけ表情を変える。


「お前、何しにきた」


「お前ではなくフィレ・ミューヘズです!」


「不法侵入が何を言う」


「………………」


「何しにきた?」


「わ、私は……」


口ごもるフィレにイラついたレイは手に力を込め、更に爪を立てる。

締め付けられる痛みと、刺される痛みが容赦なく襲う。


「わ、わかりました。しゃべりますから放してください!」


ニールがいつの間にか持っていた縄でフィレの体を縛ってイスに固定する。

縄の感じが気に食わないのか、身動きがとれないフィレは体をよじらせながら話す。


「私はどうしてレイがニールさんと組んでいるのかが気になったのです。てっきりミオさんと組むものだと思っていましたから」


「………………」


「ミオさんは私に相談を持ち掛けてきていました。真剣に悩んでいるようでしたよ? どうすれば仲直り出来るのかって」


「そうか……」


「冷めてますね。そんな態度ですからミオさんは他の方と組んでしまうのです」


「黙れ」


「いいえ黙りません。レイは彼女の事が大事だと言いました。それは嘘なのですか」


「黙れっ! お前なんかに何がわかる! 今のアイツは敵なんだよ!」


「………………(ビクッ)」


ガタンッとイスを倒しながら立ち上がる。その所為でニールが驚いてしまっているが、今のレイには構っていられるほどの余裕はなかった。

対してミオはレイ程ではないにしろ怒りを含んだ声で言い返す。


「そんな風に突き放すからいけないのです! ただ喧嘩しただけで敵と見なすなんて子供以下にもほどがあります!」


「ん……喧嘩?」


「そうですよ……って、喧嘩、したんじゃないですか?」


「ミオがそう言ったのか?」


「え、あ、いいえ。ですが、聞く限り喧嘩したとしか……違うんですか?」


「違うも何も……そもそも喧嘩ってなんだ?」


フィレは記憶を巡らせ、確かにミオが、喧嘩をした、という言葉を発していないことに気づく。それと同時に二人は喧嘩というものをしたことがないことにも気づいた。

ニールが立て直したイスにレイが、悪い、と言いながら腰掛ける。先ほどの勢いもすっかりなくなってしまい、お互いに冷静さを取り戻す。


「で、その喧嘩って何なんだ」


「あ、はい。いろいろと意味はありますが、レイとミオさんの場合だと『ただのすれ違い』ですね」


「すれ違い?」


「はい。私に黙れと怒鳴ったのはお互い、本当はこんな事望んでいない、ということですよね?」


「でも、ミオは俺のことが嫌になったはずだ」


「はぁ……ニールさん、すみませんがこの縄を解いてください」


「……わかった」


固められていた体を解しながら、レイの隣に並んで頭をはたく。

思いもよらない攻撃にレイは危うく机に顔面激突するところだった。


「いきなり何だ」


「今私はもの凄く呆れています。何故かわかりますか?」


「簡単に縄を解かせたからだろ」


「レイはバカですか! 私だって怒りますよ!」


「バカで悪いか? 俺だってミオのことをすべて理解してるわけじゃない」


「でも、彼女のことだってわかってますよね?」


何も言い返せない。

ミオが相談していたことや気にしていた。そこまで追い詰めていた。どうして気づいてやれなかったのか、色んな思いが頭の中を駆け巡る。


「お二人がどういった喧嘩をしたのかまでは知りません。ですが、今の関係が嫌なら早めに仲直りした方がいいですよ」


「仲直りってどうすりゃいいんだよ」


「簡単です。謝ればいいのです。ちゃんと、心を込めて」


でも、と間違いを犯さないようにアドバイスを付け足す。


「『悪い』とかじゃなくて『ごめんなさい』や『ごめんね』の方が良いかもしれませんね」


「同じ謝罪だろ」


「確かにそうですね。でも気持ちが違います。前者は簡単過ぎます。レイもよく使ってるますからおすすめは出来ません」


いつもと違う謝罪には誠意が入る。本当に仲直りしたいのなら、簡単過ぎる謝罪や込めすぎた謝罪は逆に相手に迷惑をかける。

だから、レイの発した言葉に激しく反応する。


「土下座とかって必要か?」


「要らない! お二人なら変なことはしたらダメ」


「……敬語は?」


ニールからの指摘に慌てて咳払いをして佇まいを直す。


(どうして変な知識だけはあるんでしょう。喧嘩のことは知らなかったのに……)


しかし危なかった。

様子を見る限り二人は全く気にしていないようだ。寧ろ、慌ててしまった自分が恥ずかしくなるほどである。


「とりあえず! 私は仲良くなって欲しいのです」


「何でそんなにフィレは必死なんだ。所詮は他人だろ」


「私はチームです。ギクシャクした仲はイヤなのです」


「普通の理由だな。面白味がない」


「普通言わないでください。至極真っ当な回答だった思いますが?」


だがフィレは気づいた。レイが強く拳を握りしめていることに。

本人は隠しているみたいだが、よくよくみると腕のあたりがわずかに震えている。


「……眠い」


その声に二人は同時に反応した。ニールが小さくあくびをしながら眼をこすっている。

それを機にこの話は強制的に閉じられることになった。


「フィレ、泊まっていくならニールと一緒に隣を使ってくれ」


「わかりました。ありがとうございます」


先に自分の部屋に戻り、ベッドに腰を落ち着かせてからニールに呼びかける。


(……何?)


(ん、その、助かった)


(……気にしてない。それに、眠かった、本当)


(ん。おやすみ)


(……おやすみ)


仰向けに寝ころびながらレイは考えた。

フィレ・ミューヘズは何をしにやってきたのか。本人曰く、ミオと何があったのからしいが、それだけじゃないとレイの本能が訴えていた。

とりあえず様子見としてニールと一緒に隣の部屋に行かせたが、何もしてこないとは限らないのだ。


「わからん」


「じゃあ、ヒントを上げよう。彼女には協力者がいる。これは間違いない」


「いたのか。協力者って?」


いつの間にかベッドに座っていた博士が、レイを見ながら少しだけつまらなそうな表情をする。


「もう少し驚いてくれないと面白味に欠けるね」


「悪かったな。それより、協力者って誰だ?」


「ボクにもわからないさ。ただ、ここに来る際に彼女は誰かしらの手助けがあった」


「その根拠は?」


「ボク自身が目撃した。これで充分だろう?」


「そうだな。じゃあ、俺はどうすればいい?」


博士はレイの頬に触れながら顔を近づけさせる。ただ次の言葉を待つレイは博士の瞳を見ていた。


「ミオ君と仲直りして、早急に解決策を考えることだ。これに関してはさっきの彼女の策で行けばいい」


「わかったよ。それで、本当は何しに来たんだ」


ただこれだけの為なら都合が良すぎると思ったレイは他に何かあるのでは、と疑ってしまう。

しかし、その疑問を博士は簡単に話した。


「ニールセン・ヴィヴィオ。彼女は派閥に関係ないみたいだね。まあ、魔研には大いに関係しているみたいだけど」


「何でそう言える? そんな事言ってなかったはずだ」


「わかるさ。だって彼女は――」


レイの耳に顔を近づけ、コロン、とアメ玉の音をわざとらしく聴かせながら、囁くようにハッキリと真実を口にする。


「ボクが現役の時に造り出したのだから」


「なっ!?」


つい声を大になろうとするのを抑える。

しかし、予想外のことに驚きを隠せずにはいられない。どうやら博士は今日のニールとの会話でその事がハッキリとわかったらしい。

だが、ニール自体は博士自身のことを覚えているかは会ってみないとわからないみたいだ。


「もし、仲間に引き込むなら慎重に事を運ぶんだ。いいね」


「ん。気をつける」


博士の話はそれだけらしく、いつもと同じように窓から闇夜に消えていった。

レイはそれを見送りながら、フィレの目的やニールの過去について一度忘れ、今はどうしたらミオと仲直りできるのかだけを考え続けた。

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