風 ⅩⅩⅩⅡ
ⅩⅩⅩⅡ 誰しも
ミオと一緒に寮から学院へと向かっていると、レイの頭に声が聞こえる。
(……聞こえてる? むぅ~、難しい)
(聞こえてる。ニール、どうした?)
(……聞こえる。これはびっくり)
ニールが驚きの声を出しているのはいいのだが、その分魔力が減り続けるのだ。レイからしたら早めに用件を言ってほしいのだ。
「レイ、どうしたの?」
「ニールから」
「何かあったの?」
「たぶん」
(……レイ、ちょっと大変。大至急来て。場所は第五訓練室)
(ん。すぐ行く)
慌てているような感じはしなかったが、嘘をついているような感じでもなかった。
「ミオ、第五訓練室まで案内してくれないか?」
「うん、わかった」
もし一人ならたどり着けるか心配だったが、ミオが案内してくれることにより、予想よりもだいぶ早く目的地へとたどり着いた。
だが、人が多すぎて中の方が見えない。生徒は口々に誰かが戦っている、と言っている。ニールを捜すためにも生徒の間を通っていると、知った声が耳に入る。
「フィレちゃん、もうやめて!」
「うるさい! 離してよ!」
タリアとフィレの声だ。だが、フィレはいつもの雰囲気は感じられない。
後ろをぴったりとくっついているミオはレイの耳元で囁く。
「レイ、この人垣飛び越えてね」
「ん」
「地を司る地の魔素よ!」
レイの足場が盛り上がり、他の生徒より高い位置に行く。レイはそれに合わせて一瞬しゃがんだ後にバネのように跳ぶ。
人垣の中心から誰かがレイの方まで飛んできた。
あまりのことでレイは受け止めることも避けることもできず、そのまま巻き込まれて後ろまで飛ばされる。
「いってー……フィレ?」
「ぁ……うぅ……」
身体中ボロボロとなっているのを見て、レイは揺すろうとした手を引っ込める。
視線をフィレから外すと目の前には一人の男が立っていた。学院の制服を着ていることから生徒であることは間違いない。
「やっと止まったぜ、このお嬢さん。」
(どういうことだ。この男から闘気が一切感じられない)
フィレは弱くはない。少なくともピーネランクの相手には互角以上で戦えるはずだ。
男は見た目からレイよりも年上で成人を迎えている。相手が一枚上手だから負けたのか、それともフィレを過剰評価してしまったのか、どちらにせよ今のレイには答えは出ない。
「何をしている!」
第五訓練室の扉から二人の人物が入ってきた。
「アラン様だわ」
「隣にいるのはクレア様よ」
「生徒会が三人も揃うなんて」
周りがざわついているのを意に介さず、レイ、フィレ、そして男の近くに寄る。
「見ない顔だな」
「あ? 転入生だよ」
「あ、アラン、彼は明日からくるはずだった姉妹校の《シルバリー学院》からの転入生だよ」
「へぇ。その明日くるはずの彼がどうして今ここにいる?」
「見学だって。そこを通りすがったフィレちゃん――ミューヘズさんが襲いかかった。てところ」
「タリア、貴方なぜ止めなかったのかしら?」
「と、止めたよ。ミューヘズさんが制止を振り切ったの。命の危険はなかったから武力行使はしなかったけど……」
「そう。とりあえず、そこの貴方」
「あ?」
「このお二人と一緒に生徒会室まで行きなさい。拒否権はなくてよ?」
「わーったよ。ったく、何で俺が」
「ブツブツ言うな。行くぞ」
「じゃあレイ君、後でフィレちゃんのこと教えてね」
タリアとアランは男を連れてその場を後にした。さらにその後ろを二人のファンだと思われる生徒の団体がついて行った。
「さて、彼女を運びましょうか」
クレアはまだ残っている生徒に向かって声を張り上げる。
「貴方たちもやるべきことをやりなさい! こんな所で油を売っている暇はないはずよ!」
「はいっ!」
一人が返事をして出ると他の生徒も倣って訓練室から出ていく。
それを見届けてからレイを促して保健室へとフィレを抱えて向かう。
「あ、ニール」
「……?」
「よく教えてくれた。感謝するよ」
「……ちょっと、難しかった」
「その内コツを掴める」
「ねえ、ニール」
「……?」
「フィレはあの時何か使った?」
「……魔法?」
「えっと、それ以外は」
「……魔法、だけ。たぶん」
後ろでそんな会話をしているとき、レイは前を歩くクレアに訊ねる。
「なあ会長さん」
「クレア会長でいいですわよ」
「クレア会長は俺を恨んでないのか?」
クレアはこちらに顔を向けて、はて、と首を傾げた。
彼女自身、レイを恨んだりするようなことの覚えは一切なかったのだが、彼には身に覚えがある。
「第三生徒会長のアルバート・ハイド。名目上では情報漏洩での退学処分だけど、究極的に言うとアレは俺がやってしまったことだ。片腕を失い、守護獣までも殺した。アイツの魔法師生命を断ったのは俺だ」
「それで、何ですの?」
「なにって」
わかってないレイに大げさにため息を吐いて扇子をビシッと突き出して簡単に説明する。
「もうだいぶ経つというのに、まだ学院の掟をわかっていないようですわね?」
「掟?」
「よく考えてみなさいな、普通の学校なら大騒ぎものですが、ここはみんなが味方であり、敵の世界。アル一人がいなくなっても学院の生徒はそこまで騒ぎを起こさなかったわよ」
普通の学校をレイは知らないが、確かにと思った。生徒会長で十二星座の一人であるアルバート・ハイドを失ったら生徒も大騒ぎをするはずだが、一週間程度でその事は収まってしまった。どんなに憧れていても、レイヴィス学院では全てがライバルなのだ。それが一人減ったならそれは喜ばしい事なのだろう。
そう思うと納得と同時に疑問も出てくる。
「誰も不思議に思わないのか? 生徒会長で十二星座がいなくなることに」
「思っても誰も口には出しません。何故なら――」
バッと扇子を大きく広げて口元を隠してクレアは言った。
「ここではナターシャ・ファブリス様の決定がすべてなのですから」
背中にぞわっと嫌な感じが伝わるのをレイは感じた。
これは、そう派閥や魔研に追い詰められたときのような、死に近い気配。
しかし、クレアが扇子を閉じると途端にその気配は姿を消した。
(化け物揃いかよ……)
完全に消えたその気配を思い出しながら、レイは保健室前までやってきた。




