第21話②「もうひとつの指輪」
イルヤが研削を終えたカマイ・スンクが、
金属トレイの上に整然と並んでいた。
青銀色の小さな球体。
どれも磨き抜かれ、
小さな星のように光を反射している。
その前に立ったチカが、
くるりと振り返った。
「ほな、次は――」
得意げに両手を広げる。
「このカマイ・スンクに、
仮想演算能力を書き込みまーす!」
「書き込む……?」
ユカが首を傾げる。
「そんなこと、どうやるんだ?」
レンの問いに、
チカはニヤリと笑った。
「答えは――これや!」
バッ!
勢いよく左手を突き出す。
その指にはめられた指輪が、
キラリと光った。
「……え?」
ユカの目が見開かれる。
「ええっ!? それ……私のと同じ!?」
思わず自分の左手を見る。
「マジかよ!?」
「セラフィム製アーティファクト反応……!?」
レンとピコまで身を乗り出した。
チカは満面の笑みを浮かべる。
「そう! セラの指輪――」
「ええええええっっ!?」
三人の絶叫が工房に響いた。
チカはそこで、
にやっと笑う。
「……の、イミテーションや」
「……へ?」
「その名も――《パチャの指輪》!」
ズコーーーーッ!!
ユカ、レン、ピコがそろってずっこける。
「まぎらわしいわ!!」
「溜めるなよ!!」
「期待値を返してください!!」
腕を組んで見ていたイルヤが吹き出した。
「ええリアクションやなぁ」
「いやぁ、つい」
「“つい”で済ませないで!」
チカは悪びれもせず、
カマイ・スンクへ向き直る。
「まあ、イミテーション言うても、
性能はなかなかのもんやで?」
「具体的には?」
レンが聞く。
「見たほうが早いわ」
チカが手をかざした。
するとイルヤの表情が少し変わる。
「黙って見とき」
チカも笑みを消し、
ゆっくり目を閉じた。
指輪が、
淡い緑金色の光を放つ。
次の瞬間。
カマイ・スンクの周囲に、
無数の発光コードが浮かび上がった。
古代文字のようで。
植物の蔓のようでもある。
それらは螺旋を描きながら、
青銀色の球体へ吸い込まれていく。
ブゥン……。
カマイ・スンクが、
青白いデータ光を放ち始めた。
「……きれい……」
ユカが思わず呟く。
「仮想演算コードを直接書き込んでいます……!」
「そんなことまでできるのか……」
やがて光が収まる。
チカは額の汗を拭い、
いつもの笑顔に戻った。
「はい、完成〜♪」
イルヤが棚から
ユヤイ・ルミのプレートを取り出す。
中央の窪みに、
完成したカマイ・スンクをはめ込んだ。
カチッ。
プレートを軽く叩く。
ブゥン!!
空中へ、
ホログラムスクリーンが展開された。
「わぁぁぁ……!」
ユカが思わず拍手する。
「すごい! ほんとに動いた!」
「せやろ?」
チカは見事なドヤ顔。
レンは画面を見ながら、
呆れたように笑った。
「ここ来てから、
驚いてばっかりだな……」
するとイルヤが、
少し視線を逸らして呟く。
「まあ……チカは普段、
アホみたいにうるさいし」
「誰がアホやねん」
「落ち着きないし」
「悪口増えとるぞ」
「しょーもないことで、
すぐ調子乗るし」
「止まれや」
それでもイルヤは続ける。
「……でも」
チカの表情が変わった。
「《パチャの指輪》を
ここまで扱えるやつは、
一族でもチカだけや」
「……!」
チカが固まる。
ユカは見逃さなかった。
耳が、
ほんのり赤くなっている。
――あ。
と思った次の瞬間。
「この前なんか、
書き込み中に
“今日の晩ごはん何かな〜”とか考えてて」
イルヤがちらりとチカを見る。
「演算性能、
めちゃくちゃになっとったけどな」
「ちょっ!?
それ言わん約束やろ!!」
「何やってんだよ……!」
「あはははは!」
「食欲が性能を上回ったんですね」
工房に笑い声が広がった。
***
一通り見学を終え、
ユカたちは精錬所を後にした。
夕暮れの山道。
空は赤く染まり、
工房の煙突から白い煙が立ち昇っている。
チカが振り返り、
入口に立つイルヤへ手を振った。
「ほな、そろそろ行くわ!」
イルヤは腕を組んだまま、
素っ気なく答える。
「おう。もう二度とくんなや」
「はぁ!? そっちこそ愛想悪すぎやねん!」
「仕事中に騒がれたら誰でも嫌やろ」
「うちは盛り上げ担当してただけや!」
「いらん担当や」
「なんやとコラ!」
また始まった。
レンが深いため息をつく。
「……なんで毎回こうなるんだよ」
「もはや様式美ですね」
ユカは苦笑した。
「ほんと仲良しだよねぇ」
「仲良しちゃうわ!!」
「誰がや!!」
またしても完璧なハモり。
ユカたちは吹き出した。
「もう知らん! ほら、行くで!」
チカは顔を赤くしたまま、
ずかずかと山道を下っていく。
「怒ってる割に元気だな……」
「通常運転っぽいですね」
ユカも歩き出しかけて――
ふと振り返った。
工房の前に立つイルヤ。
呆れたように肩をすくめている。
けれど、
その表情は少しやわらかい。
そして誰にも見られていないと思ったのか、
小さく手を振った。
ユカは少し先を歩くチカを見る。
怒っているように見えるのに、
耳はまだ赤い。
――やっぱり。
この二人、
絶対両想いだ。
思わずニヤける。
「お前、何ニヤニヤしてんだ?」
「べっつにぃ〜?」
ピコは呆れたようにユカを見る。
他人の恋愛には、
本当に敏感だ。
***
ユカたちが去ったあと。
精錬所から、
昼間の金属音は消えていた。
炉の赤い残光だけが、
薄暗い工房を照らしている。
イルヤは一人、
作業台を片づけていた。
「……やっと静かになったわ」
完成したカマイ・スンクを、
金属トレイへ戻そうとする。
そのとき。
バチッ。
「……?」
青白い火花。
続いて――
バチバチバチッ!!
トレイの上の球体が、
不規則に明滅し始めた。
「なんやこれ……!?」
カマイ・スンクが震える。
内部で何かが暴れているように、
異常なデータ光が脈打つ。
イルヤが後ずさる。
「故障……?
いや、そんなはず……」
やがて。
スゥゥ……。
何事もなかったように、
光は消えた。
「……なんや、今の」
嫌な汗が首筋を伝う。
作業台の上には、
いつもと変わらないカマイ・スンク。
けれど、その表面に。
見たことのない、
黒いノイズのような紋様が――
ほんの一瞬だけ浮かんだ。
イルヤの表情が険しくなる。
「……嫌な予感しかせぇへん」
赤い炉の光の中。
イルヤは、
その球体から目を離せなかった。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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