第21話①「火花が灯す恋心」
パチャママ・シティの集落を抜け、
ユカ、レン、ピコ、チカは山道を登っていた。
澄んだ空気。
遠くには段々畑。
色鮮やかな布飾りが、風に揺れている。
その先頭を、
チカがやたら上機嫌で進んでいた。
「ふふ〜ん♪」
レンが眉をひそめる。
「……なんであいつ、あんなテンション高いんだ?」
「ねぇチカ。“とっておき”って何なの?」
ユカが尋ねると、
チカはぴたりと止まり、勢いよく振り返った。
「よう聞いてくれました!」
「おおっ……!」
ユカとレンが身を乗り出す。
「それはな――」
チカがもったいぶる。
「う、うん……!」
「早く言えって」
二人の期待を十分に引っ張ったところで、
チカは満面の笑みを浮かべた。
「着いてからのお楽しみや♪」
「ズコーーッ!!」
ピコが淡々と言う。
「二人とも、だいぶパチャママのノリを掴んできましたね」
「いや〜、ええリアクションやなぁ」
「絶対わざとだよね!?」
「せやで♪」
「開き直るな!」
笑い声を響かせながら、
四人はさらに山を登っていった。
***
たどり着いたのは、
山肌をくり抜くように造られた巨大施設だった。
内部には赤熱した炉が並び、
黄金色の液体金属が幾重もの水路を流れている。
火花。
金属音。
職人たちの掛け声。
まるで、山の中に巨大な鍛冶都市が埋め込まれているようだった。
「わぁ……すごい……!」
「こんな施設が山の中にあるのか……」
「熱源は地熱利用ですね」
チカが胸を張る。
「ここが、カマイ・スンクの精錬所や!」
「……ごめん。もう専門用語多すぎて限界なんだけど」
「なんやねんそれ」
「ユカの脳内メモリ容量、残りわずかです」
「失礼じゃない!?」
チカは笑いながら、
流れる液体金属を指さした。
「パチャママの地下で採れる特殊鉱石を精錬してな。こうして型に流し込んで、小さい球体にするんや」
職人たちの手元では、
ビー玉ほどの金属球が次々と形作られている。
「そこに仮想演算能力を書き込むと、カマイ・スンクになる」
「つまり演算装置か」
「せや。あのユヤイ・ルミに埋め込めば、インターフェース端末として使えるようになる」
「なるほど……パチャママの中枢技術ですね」
「そやそや。ティンクイ・マルキもユヤイ・ルミも、これなしじゃ動かへん」
「そんな大事なものだったんだ……」
そのとき。
「おい、チカ」
背後から低い声が飛んだ。
振り返ると、
作業着姿の青年が立っていた。
煤で汚れた頬。
鋭い目つき。
整った顔立ち。
職人気質という言葉が、
そのまま人の姿になったような青年。
イルヤ・ミゲル。
「また勝手に見学客連れてきよったんか」
「なによ。ケチくさい男やな」
「ここ遊園地ちゃうねんぞ」
「ちょっとくらいええやろ!」
「精密作業中や。集中乱されたらどうすんねん」
「そんなんで乱れる集中力なら職人失格やろ!」
「なんやと!?」
「やるんか!?」
「お、おいおい!」
レンが慌てて二人の間に入る。
「急に戦闘フェーズです」
「止めて止めて!」
そこへ、年配の職人が苦笑しながら通りかかった。
「相変わらず賑やかやなぁ」
「え?」
「あの二人、幼なじみなんよ」
「幼なじみ?」
「会うたび、ああやってケンカしとる」
「へぇ……」
職人は楽しそうに笑う。
「まあ、ケンカするほど仲がええって言うやろ?」
「仲ええわけあるか!!」
チカとイルヤの声が、
見事に重なった。
「はいはい」
職人は笑いながら去っていく。
ユカは、言い争う二人を見つめた。
――確かに。
イルヤと話しているチカは、
いつも以上に生き生きしている。
***
次に案内されたのは、
カマイ・スンクを最終加工する区画だった。
薄暗い工房に、
甲高い研磨音が響いている。
高速回転する研削機。
飛び散る火花。
職人たちは、小さな金属球を
一つひとつ削っていた。
「えっ……もう十分きれいな玉に見えるけど……」
「なんで、わざわざ削るんだ?」
チカが加工途中の球体を指さす。
「理由はまだ完全には解明されてへんねんけど、カマイ・スンクは“真球”に近いほど演算効率が上がるんよ」
「真球……?」
「完全な球体に近いほど、情報伝達の誤差が少なくなるという仮説ですね」
「せや。せやけど金型だけやと、どうしても誤差が出る。せやから最後は、人の手で削って調整する」
レンが作業台を覗き込む。
「どのくらいの精度なんだ?」
「最高品質なら、ナノ単位や」
イルヤが横から答えた。
「……は?」
「一ミリの百万分の一」
「マジかよ……そんな精度、機械でも難しいだろ」
イルヤは肩をすくめる。
「せやから、俺らがおるんやろ」
作業台からカマイ・スンクをひとつ取り、
測定装置へ置く。
ピッ。
《真球度ランク:D》
「Dか」
イルヤが鼻で笑った。
「俺らから言わせたら、こんなんデコボコや」
球体を指先で転がしながら、
ちらりとチカを見る。
「人間で言うたら、チカみたいなもんやな」
「なんでやねん!」
即座にチカが食いつく。
「誰がデコボコや! どういう意味やねん!」
「そのまんまの意味や」
「ケンカ売っとるんか!?」
イルヤは相手にせず、
球体を研削機へ固定した。
「まあ、安心せぇ」
保護ゴーグルを下ろす。
「俺が、きれいに磨いたる」
「……なんか言い方ムカつくわ!」
キィィィィィン――!!
鋭い音とともに、
激しい火花が弾けた。
さっきまでの軽口が嘘のように、
イルヤの表情から余計なものが消える。
呼吸。
手首の角度。
刃を当てる位置。
削る圧。
ほんのわずかな変化を、
指先だけで拾っていく。
押しつけない。
削りすぎない。
まるで金属球と会話しているようだった。
やがて研削機が止まる。
再び測定装置へ。
ピッ。
《真球度ランク:A》
「……!」
ユカが目を見開く。
見た目の形はほとんど変わらない。
なのに輝きは、さっきまでと明らかに違う。
「まあまあやな」
「まあまあ!? DからAになったんだよ!?」
「Aなんか途中や」
イルヤは柔らかな研磨布を手に取った。
「最高品質のSは、こっから追い込む。もう機械でガリガリやる段階ちゃう。最後は、こういうのでそっと当てながら整えていく」
「それでナノ単位まで……?」
レンが呆然とする。
「職人ってレベル超えてるぞ……」
イルヤは、わずかに口角を上げた。
「当然や」
そして次の球体を手に取る。
キィィィィィン――!!
再び、火花が舞う。
その姿を、
チカは黙って見つめていた。
いつもなら、
何かひと言くらい返しそうなのに。
今は何も言わない。
火花の向こうで、
迷いなく手を動かすイルヤ。
それを見つめるチカの瞳は、
いつものいたずらっぽいものではなかった。
少しやわらかく。
少し誇らしげで。
そして、
ほんの少しだけ照れくさそうだった。
ユカはチカを見る。
イルヤを見る。
もう一度、チカを見る。
――あ。
わかった。
ユカはそっとピコを引き寄せる。
「ねぇ……チカって、イルヤさんのこと好きなんじゃないかな?」
ピコの目が光った。
「解析します」
数秒後。
「心拍数上昇。瞳孔拡大。顔面温度上昇」
ホログラムに数値が並ぶ。
「結論――恋する乙女モードです」
「やっぱりー!」
ユカが嬉しそうにニヤける。
ピコはそんなユカを見つめた。
自分の恋愛感情には壊滅的に鈍いのに。
他人の恋愛感情には、
妙に鋭い。
「やれやれです」
火花の向こうでは、
まだ何も知らないチカが、
イルヤの横顔を見つめ続けていた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




