第20話④「自然とデータの共存」
ぽよ助が森を抜けた瞬間、
視界が大きく開けた。
その先に広がっていたのは、
山そのものに抱かれるように築かれた集落だった。
急な斜面に、
日干しレンガの家々が折り重なる。
素焼きの赤い瓦。
石垣。
細いあぜ道。
斜面には段々畑が連なり、
とうもろこしやジャガイモ、豆類が育っている。
ロバや羊、リャマの首元から、
小さな鈴の音が響いた。
チリン……チリン……。
乾いた冷たい風。
近く感じる濃い青空。
山肌と同じ色をした家々は、
建てられたというより、
最初からそこに生えていたように見えた。
「……うわっ……」
ユカが息を呑む。
集落の中央には石畳の広場。
その奥には、
簡素な白壁の建物が立っていた。
「……すごい。のどか」
するとチカが笑う。
「せやろ? 何もないやろ〜」
「いや、そういう意味じゃ――」
「ええねんええねん。ほんまに何もないんやし」
ひらひらと手を振ったあと、
チカがいたずらっぽく笑った。
「でもな。端末、見てみ?」
「え?」
ユカとレンが端末を開く。
「別に変わったところは――」
「……いや、待て」
レンの表情が変わった。
「アンテナも基地局も見当たらないのに……通信が生きてる」
「えっ?」
ユカも確認する。
確かに接続されている。
「ピンポーン♪ 正解やで〜」
「自然に手を加えてないのに……どうやって?」
レンの問いに、
チカは一本の大木を指さした。
「答えはこれや」
「……ただの木?」
「今、“ただの木”言うたな?」
チカが眉を上げる。
「それ、この子らにめっちゃ失礼やで」
幹を軽く叩く。
「これは《ティンクイ・マルキ》いう特殊な植物や。根っこ同士がつながっとって、微弱な生体電流でデータ流しとる」
「生体電流で……データ通信を?」
ピコがすぐに検索する。
「該当する植物はデータベースに存在しません」
「そらそうやろな〜。ここ独自の進化やし」
チカは木々を見上げる。
「葉っぱ同士は光のパターンで信号をやり取りする。せやから――」
風が吹いた。
森がざわりと揺れる。
「この森ぜんぶが、“ネットワーク”になっとる」
ユカは周囲を見渡した。
陽光を反射する無数の葉。
まるで森そのものが呼吸しながら、
互いに何かを伝え合っているようだった。
「……これが、“自然とデータの共存”……」
***
「どや? ええ感じやろ?」
胸を張るチカに、
ユカは素直にうなずいた。
「すごい……ほんとに……」
だがレンは、すでに次の疑問へ進んでいた。
「通信路は分かった。でも人間側の操作は? 送受信のインターフェースまで植物だけでやるのか?」
「そこな〜。ええとこ気ぃついたやん」
チカがにやっと笑う。
「ほな、中で説明したるわ。見たほうが早いし」
案内されたのは、
集落でもひときわ大きな石造りの建物だった。
チカは扉を開けるなり、
奥へ向かって叫ぶ。
「パパーっ! いるかーっ!?」
「聞こえとるわ! そんな大声出さんでええ!」
すぐに男の声が返ってきた。
「それとな、“長老”て呼べ言うてるやろ!」
現れたのは、
ポロシャツにジーンズ姿の気さくそうな男。
威厳ある長老とは、
ずいぶん印象が違う。
「なんでやねん。パパはパパやろ? “長老”とか似合わへんって」
「まったく……誰に似たんやか」
ユカは心の中で思う。
――すごく似てる気がする。
「こっち、レン君とユカちゃん」
紹介され、男はにこやかに手を上げた。
「よう来たなぁ。チカの父で、このパチャママの長老やっとります。アマル・アンヘル言います」
そして、にやり。
「“余らん”けど、アマルや。覚えやすいやろ?」
「わっはっはっ!」
自分で大笑い。
チカが冷めた目を向ける。
「……な? おもんないやろ? 初対面の人には絶対これ言うねん」
「あ、あははは……」
ユカとレンは、とりあえず笑うしかなかった。
***
木のテーブルにつくと、
チカが淡い緑色の茶を注いだ。
「コカ茶やで。高山仕様。飲んどかんと、あとで頭クラクラすんで〜」
「ありがとう」
湯気が立ち上る中、
アマルが話し始めた。
「せっかく視察に来たんや。この土地のこと、ちゃんと話しとこか」
そしてレンを見る。
「わしらの祖先はな、セラ一族なんや」
「……セラフィムの?」
「せや。タウリ・アンヘルいうおっさんがおってな。“自然と仮想層の融合”を本気でやろうとした変わり者や」
「だいぶオブラートに包んだな〜。要するに天才で変人やろ?」
「否定はせん」
アマルが肩をすくめる。
「そいつが世界中を旅して、最後に辿り着いたんがここや」
チカがレンを指さす。
「せやからレン君とうちらは、遠ぉぉぉぉい親戚っちゅうわけや」
「伸ばしすぎでしょ……」
ユカが苦笑する。
「でも、どうしてここだったの?」
「ひとつは、ティンクイ・マルキ」
アマルが続ける。
「もうひとつが――これや」
ポケットから、小さな石板を取り出す。
次の瞬間。
石の表面に青白い光が走り、
空中へホログラムが広がった。
「石が……端末に!?」
レンが身を乗り出す。
「《ユヤイ・ルミ》や」
「また舌噛みそうな名前だね」
「中に結晶格子の情報層がある。光、圧力、微弱な電磁波でデータを書き込めるんや」
アマルが少し得意げに笑う。
「な? ロマンあるやろ?」
「……すごい。自然素材ベースのデバイスだ」
「これは個人端末。もっとデカいのは携帯サーバ。巨岩クラスになると、この集落のデータセンターや」
「石がサーバ……スケール感おかしくない?」
「でも理にかなってる……」
レンが完全に研究者の顔になる。
するとチカがポケットを叩いた。
「ただな〜、石やから重いねん。服は破れる、体は傾く、コケる――」
「いやいや、盛りすぎでしょ!」
「盛ってへんって! リアルなユーザーレビューや!」
アマルが笑う。
「ええツッコミやな、ユカちゃん」
「せやろ? うちらもう漫才コンビ組む予定やねん」
「だから違うってば!!」
「息ぴったりやんけ」
「もう売れるで、これ!」
「売れないし、売らないから!!」
部屋に笑い声が広がった。
***
「ほな、もうちょい“デカいの”も見てもらおか」
アマルが立ち上がる。
奥の重厚な扉。
脇の石板へ手をかざすと、
淡い光が走り、扉がゆっくり開いた。
その先を見た瞬間、
ユカとレンは息を呑んだ。
巨大なユヤイ・ルミが、
部屋いっぱいに林立している。
墓石のような石柱。
その一つひとつが、
青白い光を脈打たせていた。
「どや?」
チカが誇らしげに笑う。
「これが、うちんとこのサーバー室や」
「……ここまで徹底してるのか」
レンが見回す。
「自然とデータの共存が……」
アマルが石柱に手を触れた。
「わしらの考え方はな、“自然=神”やない」
ユカが顔を上げる。
「自然は、自分らの“拡張された身体”や」
「拡張された……身体……」
チカも石に手を置く。
「せやけど、自分の身体やからって好き勝手してええわけやない。これ、みんなで共有してるもんやしな」
レンがゆっくりとうなずく。
「……理屈じゃなく、実感として分かる」
「ほんとだね」
ユカも周囲を見回した。
「知識で知ってるのと、実際に見るのって……全然違う」
「やろ?」
ピコが言う。
「“百聞は一見にしかず”、ですね」
するとアマルが笑った。
「こんなんで満足されても困るで?」
チカを見る。
「他も見せたれや。まだまだあるやろ」
「任しとき」
チカの口元に、
いたずらっぽい笑みが浮かぶ。
「とっておき、まだ残ってるで?」
その表情はまるで――
この土地の“本質”は、
まだ何ひとつ見せていない。
そう言っているようだった。
《第20話・終わり》
次回予告
「パチャママの山ん中で、
うちらの超重要技術――
《カマイ・スンク》の秘密、見せたるで!
職人気質でムカつくけど……
まぁ、ちょっとだけカッコええ
幼なじみもおるしな。
……って、誰が照れとるねん!!
次回、
『フラグメンツ・オブ・メリオラ〜ユカの旅〜』
第21話「ユカとチカ」
星が降る夜――
隠されてた“真実”が、動き出すんや。」
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/
※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




