第20話③「滅びてへんで」
一週間後。
空中列車は、光のレールの上を滑るように走っていた。
振動はほとんどない。
ただ、窓の外の景色だけが静かに流れていく。
ボックス席には、ユカ、レン、そしてピコ。
その向こうに広がっているのは――
緑。
緑。
どこまでも、緑。
人工物らしいものは、ほとんど見えない。
「……すごっ」
ユカが窓へ身を寄せる。
「これ……ほんとに、この先に“街”あるの?」
向かいに座るレンが端末を閉じた。
「パチャママは“シティ”を名乗ってるけど、実際は森や山と一体化した集落群らしい」
「それで、“自然とデータの共存”って……」
ユカは再び窓の外を見る。
「どうやって成立してるんだろ」
ピコが補足する。
「現時点では、既存都市モデルと整合しません」
「だよね……」
やがて列車は速度を落とし、
森の中にぽつんと現れた駅へ滑り込んだ。
ドアが開く。
降りたのは、ユカたちだけ。
ホームは広い。
なのに――人がいない。
「……えっ、なにここ」
ユカの声まで自然と小さくなる。
「広いのに、誰もいないって……」
レンも周囲を見回した。
「迎えが来るはずなんだけどな」
「なんかこう……」
ユカが少し身を縮める。
「ポストアポカリプス感、すごくない?」
「まだ滅びてへんでー」
「……!?」
ユカとレンが同時に振り向いた。
そこにいたのは、細身で背の高い少女。
ラフな服装。
眼鏡。
年齢はユカたちと同じくらいだろう。
にこにこと笑いながら、軽く手を振っている。
「迎えに来たでー」
そして、横ピース。
「うち、チカ。チカ・アンヘル。よろしくなー」
仕上げにウインク。
ユカとレンは、わずかに固まった。
「……あ、えっと」
レンが立て直す。
「こちらこそ、よろしく。俺はレン・ヴァリス。こっちがユカ・セイラン。それと、ユカの相棒のピコ」
「こんにちは……」
「よろしくお願いします!」
チカは三人を眺め、満足そうにうなずいた。
「うんうん。ええ感じやなー。フレッシュやん」
そして両手を大きく広げる。
「よう来たな、パチャママへ!」
……しかし、背景は無人の駅。
「歓迎のスケール大きいのに、人いないね」
「細かいことは気にせんでええねん」
即答だった。
「ま、こんなとこで立ち話もなんやし。行こか、移動しながら話そ」
***
駅の外へ出た瞬間、ユカは足を止めた。
「えっ……」
森だった。
舗装路もない。
建物もない。
あるのは、土と木と草。
「建物どころか……道もない?」
チカが嬉しそうに振り返る。
「ええリアクションやなー」
「ここはな、“自然に手ぇ加えへん”のが大前提なんよ」
レンが眉を上げる。
「一切、か?」
「せやで。一切」
さらっと言い切る。
「せやから駅つくるときも、めっちゃ揉めたらしいわ」
チカが背後を指さす。
「最終的に、“土台は自然石だけで組む”って条件で折り合ったんやて」
ユカが振り返る。
よく見れば駅は、人工物でありながら石と蔦に覆われ、ほとんど遺跡のようだった。
「……ここまでやるんだ」
「というわけで!」
チカが手を叩く。
「ここでは車とか、そういう近代的なんは使いませーん!」
「えっ、じゃあどうやって――」
ガオォォォォン!!
森が揺れた。
地面まで震える。
「ひいっ!?」
ユカが飛び退く。
木々の間から姿を現したのは――
巨大なトカゲのような生き物。
背中には、岩のような外殻を背負っている。
「はい、これやでー」
チカは平然としている。
「ロックビースト」
「怪獣じゃん!!」
「ちゃうちゃう」
笑いながら近づき、その鼻先を撫でる。
「岩と生体のハイブリッド。ここでの“足”やね」
ロックビーストが低く唸る。
ぐるる……。
よく見ると背中には、ちゃんと座席が取り付けられていた。
レンが少し引く。
「……あれに乗るのか」
「そういうことや」
「大丈夫やで。めっちゃおとなしいから」
「見た目が全然大丈夫じゃないんだけど!?」
チカは軽々と背中へ飛び乗った。
「ほらほら、乗った乗ったー」
促され、ユカたちも恐る恐る乗り込む。
「……ほんとに大丈夫?」
ピコが確認する。
「生体反応、安定。危険性は低いです」
「ほんとに!?」
チカが背中を軽く叩く。
するとロックビーストは、ゆっくりと歩き始めた。
意外なほど揺れない。
「……あれ?」
ユカが目を丸くする。
「思ったより……快適」
「せやろ?」
チカが振り返る。
「ここはな、“無理に変える”んやなくて――」
少しだけ声の調子を変える。
「“合わせる”技術が発達してるんよ」
ロックビーストは、その言葉を乗せて森の奥へ進んでいった。
***
しばらく進んだところで、ユカが恐る恐る尋ねる。
「ね、ねえ……この子、名前とかあるの?」
チカは得意げに胸を張った。
「あるで」
にやっと笑う。
「“ぽよ助”や」
「ぽ、ぽよ助!?」
ユカが即座に食いつく。
「いやいやいや! 見た目とのギャップどうなってんの!?」
「グォォン……」
ぽよ助が低く唸る。
完全にボス級。
「どう考えてもキャラ違うでしょ! 今の唸り声とか!!」
チカはケラケラ笑う。
「ええやん別に〜。中身はぽよぽよやで?」
「どこが!?」
「なあ、ぽよ助〜」
首元をぽんぽん叩く。
「……グルル……」
「全然ぽよぽよしてない!!」
横でレンが肩を震わせる。
「……センスどうなってんだよ」
「パチャママはな、“強そうなん”にあえてゆるい名前つけるんが美学やねん」
「そんな文化おかしいって!」
「これが“緩急”やで。笑いの基本や」
ピコまで口を挟む。
「理論としては理解できますが、納得はできません」
「でしょ!?」
「まあまあ、そのうち慣れるって。なあ、ぽよ助」
どしん。
ぽよ助が力強く一歩踏み出す。
「いや、ぜったい無理!!」
***
森の奥へ進みながら、チカがくるりと振り返った。
「セラフィムとかアストラから、どんな子来るんやろな〜思てたんやけど」
ユカとレンを順番に見る。
「レンくんイケメンやし、ユカちゃんめっちゃかわええし。なんや、ええ子ら来てくれて安心したわ〜」
二人が顔を見合わせる。
「ど、どうも……」
「……ありがとう」
するとチカが、ぐっとユカへ顔を近づけた。
「なあ、ユカちゃん。うちと名前似てるやん?」
嫌な予感がした。
「うちらで漫才コンビ組まへん?」
チカが満面の笑みを浮かべる。
「どーもー、ユカチカでーす! って」
ピコが即答した。
「その場合、ユカは確実にボケ担当ですね」
「なんで即決なの!?」
レンが吹き出す。
「ははっ……確かに」
「レンまで!?」
チカはさらに楽しそうに笑った。
「ええやんええやん。ボケできるって才能やで? うちらで天下取ろや」
「取らないよ!? そんな人生設計ないから!」
「え〜、もったいな〜」
ぽよ助の背中で、笑い声が弾ける。
その向こう。
木々の隙間が、少しずつ開いていく。
土。
石。
緑。
それらが溶け合うようにして――
山の斜面に広がる集落が、姿を現した。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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