第20話②「新たな旅へ」
ユカは歩きながら端末を操作した。
外勤用の防護服が、淡い光の粒子となってほどけていく。
重い装備は見る間に形を変え、落ち着いたライトグレーのスーツへ。
足元のワークブーツも、すっきりとしたローファーへ変わった。
ほんの数秒で、
“現場”から“オフィス”へ。
ユカは自分の姿を見下ろし、満足そうにうなずく。
「いつ見てもさ、これって魔法少女の変身シーンみたいだよね」
隣を飛ぶピコが答える。
「以前レンに説明しましたが、理解してもらえませんでした」
「ええー。知らないなんて絶対、人生損してるよ」
ユカは真顔になる。
「今度、歴代変身シーンのバンク集まとめて見せてあげようっと」
「ありがた迷惑という言葉をご存じですか?」
聞こえなかったことにして、ユカは鼻歌交じりに廊下を歩いていった。
***
居室スペースへ戻ると、時計は十六時三十分。
「この時間から分析は無理だな……明日でいっか」
「合理的判断です」
席につき、今日の作業内容を日報へ入力する。
回収数。
現場状況。
異常の有無。
引き継ぎ事項。
最後にざっと確認して――送信。
その瞬間、終業のチャイムが鳴った。
「ナイスタイミング」
満足げに立ち上がり、ロッカーへ向かう。
着替えを始めたところで、
ピロン。
端末が鳴った。
「……あ、セラ博士」
画面を開く。
《よかったら、夕飯を一緒にどう?》
ユカの口元が緩む。
「今日はカイが出張でいないし、ちょうどいいかも」
「食費も浮きますね」
「そういうこと言っちゃダメ!」
《お言葉に甘えて、行きまーす!》
すぐに返信。
着替えを終えると、ユカはロッカーを閉めた。
そのままピコと二人、セラ博士の家へ向かう。
***
電磁トラムの窓から、アストラ・シティの景色が流れていく。
ガラス質の高層ビル群。
低層の住宅街。
やがて建物そのものが少なくなり、視界を柔らかな緑が埋めていった。
ユカは頬杖をついて外を眺める。
「ねえ。都心から三十分でこんな景色になるの、毎回ちょっと不思議なんだけど」
遠くには里山の稜線。
風に揺れる木々と、点在する屋根。
「高級住宅地帯ですからね。意図的に“自然密度”が調整されています」
「うっ……急に現実ぶっこんでくるじゃん」
「夢と土地価格は両立しません」
「もう、言い方!」
思わず吹き出す。
ほどなくトラムは減速し、郊外の駅へ滑り込んだ。
***
改札を抜けると、空気が変わった。
都心の乾いた匂いが消え、土と草の湿り気が混じる。
整えられた庭木や花壇。
その向こうには、自然のままの林。
人工と自然が、無理なく重なっている。
「……なんか、ここ来ると落ち着くんだよね」
「心理的リラックス効果を確認。副交感神経優位――」
「そういうの言葉にすると、一気に台無しなんだよね」
住宅街を五分ほど歩く。
やがて見えてきたのは、一軒の古民家。
低い屋根。
土壁。
木の引き戸。
けれど至るところに、近代的な補強材やセンサーが組み込まれている。
昔と今が、当たり前のように同居していた。
ユカは引き戸を開ける。
「ただいまー」
自分の家ではない。
それでも自然と、その言葉が出る。
ここはもう、ユカにとって“帰る場所”のひとつだった。
奥から声がする。
「おかえり。キッチンにいるわ」
それだけで、家の空気が少し温かく感じられた。
ユカはデイパックをソファへ放り、壁に掛けられた自分専用のエプロンを取る。
少し色あせた、使い慣れた一枚だ。
「よいしょっと」
紐を結び、キッチンへ。
もともとは古民家の土間だった場所に、最新式の調理ユニットが据えられている。
低い梁。
煤けた天井。
土の床。
その中央で、割烹着姿のセラ博士が鍋をかき混ぜていた。
研究者というより、長年この台所に立ってきた人の手つきだった。
「何やればいい?」
「青菜をサラダにするから、適当な長さに切ってちょうだい」
「おっけー」
ユカが袖をまくったとき、テーブルの上に目が止まる。
「うわっ……なにこれ」
大皿いっぱいに並んだ、艶やかな赤身。
「これ……マグロ?」
「ええ。本マグロよ」
セラは何でもないことのように答える。
「研究で知り合った方が送ってくださったの。私ひとりじゃ食べきれないから、ちょうどいいと思って」
「ちょうどいい量じゃなくない!?」
するとピコが即答する。
「ユカなら問題ありません。理論上、丸ごと一体でも――」
「私はサメか!」
土間に笑い声が弾けた。
***
やがて食卓に料理が並ぶ。
土鍋で炊いた白米。
わかめの味噌汁。
厚切りの本マグロ。
青菜のサラダ。
筑前煮。
派手ではない。
けれど、どこかほっとする献立だった。
「おいしそう……! いっただきまーす!」
ユカは真っ先にマグロを口へ運ぶ。
「……!」
箸が止まった。
臭みがない。
舌の上でほどけ、濃厚な旨味だけがゆっくり広がっていく。
「なにこれ……すごっ……! いつも食べてるのと全然違う!」
セラも一切れ口にして、静かにうなずいた。
「ええ。本当にいいものね。カイの分もあるから、あとで持って帰りなさい」
「うん!」
そこからは完全にエンジン全開だった。
刺身。
ご飯。
また刺身。
気持ちいいほどの食べっぷりを眺めていたセラが、ふと思い出したように口を開く。
「ユカ。あなた、まとまった休み取れる?」
「ん?」
頬を膨らませたまま顔を上げる。
「制度的にはあるけど……どうしたの?」
「来週、レンがパチャママ・シティへ行くことになったの」
ユカの箸が止まった。
「……え?」
「視察よ。若手研究者育成の一環でね」
そして、穏やかに続ける。
「それで、あなたも一緒にどうかと思って」
ユカの目が一気に輝いた。
「なにそれ!? 興味あるある! ありまくり!!」
身を乗り出すユカに、ピコが説明する。
「パチャママ・シティは、“自然とデータが共存している”と言われている地域ですね」
「ええ。かなり独特な場所よ」
セラがうなずく。
「都市のあり方も、技術の使い方も、これまであなたが見てきたどことも違う」
ユカは黙って聞く。
「データ修復士としても、きっと得るものがあるわ」
その言葉を聞いた瞬間。
「行く! 行きます! 絶対行く!!」
即答だった。
セラは楽しそうに笑う。
「ふふ。そう言うと思った。アランには私から掛け合っておくわ」
「聞くまでもありませんでしたね」
「そりゃ乗るでしょ、こんな話!」
さっきまで仕事の一日を終えたばかりだったのに。
ユカの頭はもう、
見たことのない土地へ飛んでいる。
新しい街。
新しい技術。
新しい価値観。
そして――レンとの、新しい旅。
湯気の立つ食卓の向こうで。
次の物語が、
もう始まりかけていた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




