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第20話①「あとで誰かが泣くやつ」

アストラ・シティの用水路。


濁った水面に、

夕暮れのオレンジが細かく揺れている。


コンクリートの壁には古い水染み。

湿った空気には、

わずかに鉄の匂いが混じっていた。


データ修復士の外勤用防護服に身を包んだユカは、

端末を片手に、

膝まで水へ浸かりながら進んでいく。


ちゃぷん。


一歩進むたび、

鈍い波紋が広がった。


背後では、

ドローンモードのピコが低い駆動音を響かせながら追従している。


「……反応、近い」


ユカが端末を覗き込む。


点滅していた波形が、

徐々に一点へ収束していく。


数歩進み。


「……ここだ」


腰のホルダーから、

銀色の特殊スプレーを取り出した。


軽く振る。


しゃらり、と内部で液体が鳴る。


「可視化処理、開始」


シュッ――


淡い霧が、

水面へ広がった。


次の瞬間。


濁った水の奥に、

淡青色の光が浮かび上がる。


まるで、

水底へ沈んだ星の欠片。


不規則に脈打つ、

歪な結晶体。


データの欠片――《ピース》。


「可視化成功!」


ピコが反応する。


「本日十二個目です。

かなりの入れ食いですね」


「釣りじゃないんだから……」


苦笑しながら、

ユカは背負っていた回収ボックスを引き寄せた。


「そういえばさ」


「はい?」


「このあいだ幹部会で提案した、

《ピース可視化ゴーグル》」


「ああ」


ピコがすぐに答える。


「ファイブ社製の最新モデルですね。

散布処理なしでピースを視認可能」


少し誇らしげに続ける。


「ネットを見る限り、

現場系修復士の間でもかなり話題です」


「それ!」


ユカが嬉しそうに振り返る。


「幹部会の審議で、

試験導入が決まったんだって!」


「おめでとうございます」


ピコがくるりと回った。


「アランさんとサクラさんの

後押しのおかげですね」


「うん」


ユカも笑う。


「さすがだよね……」


そして、

ARグローブを装着する。


「あれ導入されたら、

かなり時短になるから楽しみだな〜」


グローブ起動。


指先に淡い光のラインが走り、

空中へ幾何学的なUIが展開された。


ユカは水面へ手を伸ばす。


指先が触れる直前。


薄い光の膜が、

水を弾いた。


そのまま水に触れることなく、

ピースだけを掴み上げる。


淡青色の結晶が、

夕陽を受けて輝いた。


「回収完了。

状態安定」


ピコが感心したように続ける。


「相変わらず、

手際いいですね」


「まあね」


ユカはピースを眺める。


「もう毎日のことだし」


そう言いながらも、

口元には少しだけ誇らしげな笑みが浮かんでいた。


「精密把持、良好です」


「はいはい」


カチン。


回収ボックスへ収納。


ユカは端末を再確認する。


数秒間のスキャン。


「……反応なし、か」


「周囲半径二十メートル圏内、

未回収のピースは存在しません」


「よし」


ユカは大きく伸びをした。


「今日はここまでかな」


ぱしゃり、と水音が響く。


「今回のピース、

インフラ系か医療系だといいですね」


「ほんとそれ」


ユカが顔をしかめる。


「こないだのは微妙すぎたからね」


「《失恋した人の未送信メッセージ集》

でしたっけ?」


「しかも数万件分」


ユカは遠い目をする。


「読んでて、

ちょっと泣きそうになっちゃった」


「しかし、

用途は不明でしたね」


「なんでシン統治システムに

バックアップされてたんだろ、あれ」


かつて。


人類が持つ膨大なデータを保存していた、

《シン統治システム》。


その崩壊によって、

内部に保存されていたデータは世界中へ飛散した。


それが今。


ユカたちが回収している、

《ピース》となっている。


ピコが少し考える。


「人類の未練の研究でしょうか」


「重すぎ」


ユカは肩をすくめた。


「私ひとりじゃ、

とても受け止め切れないわ」


二人は、

用水路を引き返した。


***


データ管理省。


駐車スペースへ、

飛行バイクが滑り込む。


低い駆動音が消えた。


ユカは降りると、

貸出台帳へさらさらと記入。


鍵を返却し、

回収ボックスを背負ったまま建物内へ入る。


向かった先は、

床に描かれた円形の発光リング。


「……よっと」


中央へ立つ。


ピッ。


回収ボックスが自動認識された。


「IDリンク確認」


ピコが読み上げる。


「スキャンポート、

接続完了」


ボックスが、

わずかに振動する。


ふわり。


中からピースが浮かび上がった。


一つ。


また一つ。


十二個の光る結晶が、

空中へ整列する。


「十二個、確認完了です」


スキャン開始。


ピースが、

さらさらと光へほどけていく。


細かな粒子となり、

上空へ吸い込まれていった。


ユカが、

その様子を見上げる。


「毎回思うけどさ……」


「はい?」


「これ、

ちょっと気持ちいいよね」


「ユカも分解されないよう、

気をつけてください」


「それホラーだよ」


そのとき。


ブーッ!!


鋭いエラー音が、

室内に響いた。


「……あ」


一つだけ。


分解されずに、

ピースが残っている。


わずかに明滅する、

不規則な光。


「不明データを検出」


「また変なの入ってた?」


「分類不能です」


ピコが解析する。


「既存フォーマットに

適合しません」


「はいはい」


ユカはそれを掴み、

くるりと眺めた。


「例外ね」


すぐ近く。


《例外》


そう書かれた小型コンテナ。


ユカは、

そこへピースをぽいっと放り込む。


カラン。


「あとで誰かが泣くやつ」


ピコも箱を見る。


「我々の担当にならないことを

祈りましょう」


二人は、

何事もなかったようにその場を離れた。


箱の中。


分類不能のピースだけが――


小さく、

不規則な光を放っていた。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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