第19話④「優しさの欠片」
夜更け――というより。
もう、
夜明け前だった。
ユカとカイの自宅。
玄関のドアが、
そっと開く。
任務を終えたカイが、
ようやく帰ってきた。
照明を落としたリビング。
机の上には、
開きっぱなしの端末。
書き散らされたメモ。
飲みかけのカップ。
そして。
机に突っ伏したまま、
眠っているユカ。
「カイ」
小さな声で、
ピコが呼ぶ。
「おかえりなさい」
「ああ」
カイは荷物を置き、
眠るユカを見る。
「……こんな時間まで?」
「帰ってくるまで起きてるって、
ずっと頑張ってたんです」
「ったく」
カイは、
困ったように笑った。
「無理しやがって……」
ユカの寝顔を見る。
少し前までなら。
何か壁にぶつかるたび、
すぐ顔に出ていた。
悔しそうにして。
落ち込んで。
それでも、
また立ち上がって。
そんな姿を、
何度見てきただろう。
ふと。
任務中に届いた、
アランからの連絡を思い出す。
《最近、ユカが本当によくやっている》
カイは、
眠るユカへ視線を落とした。
「アランから聞いたよ」
もちろん、
返事はない。
「すごく成長してるって」
ピコが、
嬉しそうに頷く。
「ええ」
そして。
「本人にも言ってあげてください」
眠るユカを見る。
「たぶん、
すごく喜びます」
カイは、
小さく笑った。
「そうだな」
***
そのとき。
机の端に置かれた、
小さな包みが目に入った。
少しだけ歪んだリボン。
きれいとは言い難い。
でも。
時間をかけて結んだことだけは、
すぐに分かった。
「……これは?」
ピコが答える。
「ユカからです」
「ユカから?」
「初給料で買った、
カイへのプレゼントです」
「初給料……」
カイの目が、
少しだけ細くなる。
「はい」
ピコが、
どこか誇らしげに続けた。
「“自分だけが知ってるカイ”に
贈るんだって」
「……ユカだけが知ってる?」
カイは、
包みを手に取った。
リボンをほどく。
包装紙を開く。
中から現れたのは――
一冊の本。
表紙を見る。
数秒。
そして。
「……はっ」
思わず吹き出した。
タイトルは。
『ボードゲーム必勝法』
「そこかよ」
思わず呟く。
確かに。
ユカは知っている。
カイが、
ボードゲームになると
妙に本気になることを。
負けると悔しがることを。
次は絶対勝つと、
こっそり研究していることを。
ユカだからこそ、
知っているカイ。
だから。
これを選んだ。
そのとき。
「むにゃ……」
眠っていたユカが、
小さく身じろぎした。
「カイ……」
カイが振り返る。
「いつも……」
眠ったまま、
ほんの少し笑う。
「ありがと……」
「…………」
カイは、
しばらくその顔を見ていた。
そして。
そっと手を伸ばす。
ユカの髪を、
やさしく撫でた。
「……俺のほうこそ」
声を落とす。
「いつもありがとな、ユカ」
ピコが、
二人を見つめる。
「……いい場面ですねぇ」
「そう見えるか?」
「カイ、照れてますね」
***
少しして。
カイはキッチンで、
コーヒーを淹れた。
湯気の向こう。
テーブルの上には、
ユカからもらった一冊。
『ボードゲーム必勝法』
その表紙を、
何気なく眺める。
「……ん?」
端のほうに。
小さな落書き。
どう見ても、
ユカの字だった。
《負けるな カイ!》
「…………」
カイは、
また笑った。
「ありがたいけど、
余計なお世話だな」
そう言いながら。
本を閉じずに、
そのままテーブルへ置く。
窓の外。
アストラ・シティの灯りが、
夜の中に浮かんでいる。
その向こう。
空の色が、
ほんの少しずつ変わり始めていた。
濃い群青。
薄い青。
そして。
東の空に、
淡い橙色が混ざっていく。
新しい朝。
カイは、
コーヒーをひと口飲んだ。
「ユナ」
窓の向こうへ、
小さく呼びかける。
「ユカは――」
眠るユカを見る。
もう。
守られるだけの子どもではない。
悩んで。
迷って。
失敗して。
誰かに助けられて。
そして今度は。
自分が受け取ったものを、
誰かに返そうとしている。
「ちゃんと、
前に進んでるよ」
朝の光が、
少しずつ部屋へ差し込んでくる。
新たな翠曜日の始まり。
今日もきっと。
ユカは悩む。
迷う。
立ち止まる。
それでも。
また歩き出すのだろう。
誰かから受け取った、
小さな優しさを胸に。
そして。
その優しさの欠片を――
今度は、
誰かへ手渡しながら。
《第19話・終わり》
次回予告
データを回収して。
繋げて。
直して――
それが、
私の日常だった。
でも。
次に向かう場所は、
その“常識”が通じないところ。
パチャママ・シティ。
森がネットワークで。
石がデータ端末!?
しかも、
移動手段は……
怪獣!?
自然とデータが共存する場所で、
私たちが出会う、
まったく違う価値観とは――
次回、
『フラグメンツ・オブ・メリオラ〜ユカの旅〜』
第20話
「自然とデータの共存」
常識がひっくり返る景色。
その先で――
私たちは、
何を知るんだろう。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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