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第19話③「私だけが知っている」

サイコロが、

ころころと盤面を転がる。


ユカはその行方を目で追いながら、

ふと思い出したように口を開いた。


「……そうだ、お姉ちゃん」


「ん?」


「初給料でさ」


ユカは駒をひとつ進める。


「カイに何かプレゼントしたくて、

ずっと考えてるんだけど」


少し困ったように笑う。


「まだ決められてないんだ」


「ふふ。それは迷うわね」


ユナも駒を動かす。


「みんな、

“形に残って、心にも残るものがいい”って

言ってくれるんだけど……」


「うん。

それは大事だね」


「でもさ」


ユカは、

盤面の上で指を止めた。


「ずっと一緒にいたからこそ、

逆に分かんなくなっちゃって」


カイは、

何が欲しいんだろう。


何を贈ったら、

喜ぶんだろう。


考えれば考えるほど、

答えが遠ざかっていく。


そんなユカを見て、

ユナは少しだけ目を細めた。


「じゃあ」


「うん?」


「ひとつだけ、

言わせて」


ユカが顔を上げる。


ユナは、

やさしく笑った。


「人ってね」


指先で、

自分の駒を軽く触る。


「“自分のことを、

ちゃんと見てくれてたんだ”って

感じたときが」


ユカを見る。


「いちばん嬉しかったりするの」


「……見てくれてた」


「そう」


ユナは頷く。


「高いものじゃなくていい」


「珍しいものじゃなくてもいい」


そして。


「“あなただけが知っているカイ”に

向けたものを贈ればいいんじゃない?」


「…………」


ユカは黙り込んだ。


あなただけが知っているカイ。


その言葉が、

胸の奥へゆっくり沈んでいく。


浮かんでくる。


笑った顔。


呆れた顔。


何も言わず、

背中だけを向けていた夜。


不器用なくせに、

いつも誰かのことを気にしているところ。


ゲームになると、

妙に負けず嫌いになるところ。


一緒に過ごした、

何でもない時間。


「……あ」


胸の中に、

小さな光が灯る。


「そっか」


ユナが、

何も言わずに待っている。


ユカは、

少しずつ笑顔になった。


「そうだよね」


そして。


「ありがとう、お姉ちゃん」


その声には、

もう迷いがなかった。


***


ユナが、

急に背筋を伸ばした。


「では!」


大げさに胸を張る。


「ユナ先生への人生相談は、

これにて終了かな?」


ユカが吹き出す。


「うん」


にっこり笑って。


「やっぱり、

お姉ちゃんはすごいや」


「どういたしまして」


ユナは、

芝居がかった仕草で深々とお辞儀をした。


「また迷ったら、

いつでもここに来なさい」


「うん」


店内の光が、

少しずつ淡くなっていく。


輪郭がぼやける。


カウンターも。


テーブルも。


ユナの姿も。


「じゃあね、ユカ」


その声だけが、

やさしく残る。


ユナは最後に、

何かを紙へ書き留めていた。


「……うん」


ユカは目を閉じた。


***


次に目を開けると。


そこは――


STKコンサル。


「ユカ!」


目の前で、

ピコが心配そうに覗き込んでいた。


「よかった……

気づきましたか!」


「……あれ?」


ユカは、

ゆっくり身体を起こす。


「私……

ユナお姉ちゃんと……」


「ユナ?」


ピコが首を傾げる。


「五分ほど、

気を失っていましたよ」


そして。


「夢でも見ていたんですか?」


「……夢」


そう言われると、

そうなのかもしれない。


でも。


ラテの香り。


サイコロの重み。


木のテーブル。


ユナの声。


どれも、

あまりにもリアルだった。


「……夢だったのかな」


そのとき。


カサッ。


「ん?」


手のひらに、

何かが触れた。


小さな紙。


広げる。


丸い字で、

ひと言だけ書かれていた。


《がんばれ、ユカ! ユナより》


「…………」


ユカの目に、

涙がにじむ。


でも。


すぐに笑った。


「ううん」


メモを、

胸元へそっと抱く。


「夢なんかじゃない」


そして。


小さく呟く。


「……ありがとう、お姉ちゃん」


窓から差し込む夕陽が、

頬を伝った涙を

きらきらと照らしていた。


***


STKコンサルでの一件を終え、

ユカとピコはビルを出た。


空は、

夕焼けのオレンジから

ゆっくりと群青へ変わっていく。


夜風が、

少しだけ冷たい。


「……あ」


ピコが、

何かを思い出したように止まる。


「そういえば、ユカ」


「なに?」


「今日、

給料日じゃないですか?」


「…………」


ユカの目が開く。


「えっ!?」


慌てて端末を取り出す。


「ほんとだ!

完全に忘れてた!」


画面を操作する。


そして。


表示された数字を見た瞬間。


「……え?」


ピコも覗き込む。


「……え?」


二人で、

もう一度見る。


「おおーっ!!」


声が重なった。


「修復士って……

思ってたより、

かなりお給料いいんですね!」


「うん……

正直、私もびっくり」


ユカは、

画面を見ながら笑う。


「大変だったけど」


胸の奥が、

少し温かくなる。


「ちゃんと報われてる感じするね」


「では!」


ピコが、

すかさず前へ出る。


「この機会にぜひ、

ドローンモードのプロペラを

S級パーツへ――」


「却下」


「早い!」


「ピコはC級で十分!」


「ひどい!」


ピコが空中で暴れる。


「AIサポートロボ差別だ!

訴えてやるー!」


「はいはい」


ユカは笑う。


「口ばっかりはA級ね」


二人の笑い声が、

夜の街へ溶けていく。


初給料。


仕事の成果。


そして。


確かに、

前へ進んでいる実感。


ユカの足取りは、

少しだけ軽くなっていた。


***


アストラ・シティ中心部。


新しくオープンした、

巨大ショッピングモール。


《アストラモール》


天井には、

幾層もの浮遊スクリーン。


光の粒子が流れ、

AI案内ロボットが

滑るように行き交っている。


「すっご……!」


ユカは、

思わず足を止めた。


「完全に

テンション上がってますね」


「うん!」


目を輝かせる。


しかし。


すぐに、

少しだけ大人びた笑みを浮かべた。


「でも――」


「はい?」


「プレゼントは、

もう決まってる」


ピコが食いつく。


「おっ!

ちなみにどんな――」


「それは秘密」


「ええーっ」


ユカは、

迷いのない足取りで歩き出す。


向かった先は――


本屋。


ピコが目を丸くする。


「……本屋?」


少し疑うように。


「急に知的路線ですねぇ」


「失礼だなぁ」


店内には、

木目の棚と柔らかな照明。


外のにぎやかさが、

嘘のように遠ざかる。


ユカは、

棚の間を迷わず進んだ。


そして。


一冊の本を手に取る。


表紙を見る。


少しだけ笑う。


「……うん」


その本を、

胸元へ抱く。


「これ」


一週間。


ずっと考え続けていた答えが――


ようやく。


ユカの手の中にあった。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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