第21話③「芋たちの圧」
夜――長老アマルの家。
石造りの広間には、
柔らかなランプの灯りが揺れていた。
開け放たれた窓の向こうには、
満天の星空。
高地の冷たい風が入り込み、
白いカーテンをふわりと揺らしている。
大きな木のテーブルには、
パチャママの郷土料理が
所狭しと並んでいた。
香ばしい湯気を立てる
ロモ・サルタード。
黄色いソースに包まれた
パパ・ア・ラ・ワンカイナ。
優しい香りのキヌアスープ。
炭火で焼かれたアンティクーチョ。
そして、
深い紫色のとうもろこしジュース。
「うわぁぁぁ……!」
ユカは目を輝かせ、
テーブルへ身を乗り出した。
「めちゃくちゃ美味しそう……!」
レンが呆れたように笑う。
「お前、今日一番テンション高くないか?」
「食欲メーター、限界突破しています」
ピコの分析に、
アマルが楽しそうに笑った。
「今日はぎょうさん歩き回ったやろ。
遠慮せんと、いっぱい食べてや」
「いただきま――」
ユカはフォークを握ったまま止まった。
「あれ?」
チカを見る。
「こっちって、食べる前になんて言うの?」
「お、ええ質問やな」
チカが少し得意げに胸を張る。
「パチャママではな、
食べる前にこう言うねん」
アマルと声を合わせた。
「アニャイ・パチャママ」
「……どういう意味?」
アマルが微笑む。
「“母なる大地に感謝を”っちゅう意味や」
「素敵……!」
感心するユカの横で、
レンが怪しそうな目を向ける。
「お前、ちゃんと言えるのか?」
「まかせて」
ユカは息を整えた。
「あにゃ……あにゃにゃ……
ぱちゅ……みゃみゃ?」
「猫ちゃんになっとるやん」
「しかも盛大に噛んでるぞ」
「これはダメそうですね」
「今のなし!!」
ユカが顔を赤くして咳払いする。
今度こそ全員で声を揃えた。
「アニャイ・パチャママ!」
そして――
食事が始まった。
ユカが真っ先に手を伸ばしたのは、
ロモ・サルタード。
牛肉と野菜、
そしてポテトを一緒に口へ運ぶ。
「んーーーーっ!!」
目が大きく見開かれた。
「おいしい!!」
もう一口。
さらにご飯。
そこでユカの手が止まった。
「……ていうか待って」
皿を見る。
ポテト。
ご飯。
もう一度、ポテト。
「ポテトがおかず側にいるのに、
なんでさらにご飯もいるの!?」
「そこ気にするのかよ!」
レンが即座に返す。
チカは不敵に笑った。
「パチャママの炭水化物、
なめたらあかんで?」
「強すぎる……!」
だが、本番はまだだった。
次にユカが口へ運んだのは、
パパ・ア・ラ・ワンカイナ。
黄色いソースがたっぷりとかかった、
ジャガイモ料理である。
「……あ」
「どしたん?」
「思った以上に――」
ユカが真剣な顔になる。
「芋感がすごい!」
「芋感ってなんやねん!」
「食レポ下手すぎだろ!」
チカとレンから同時にツッコミが入る。
「非常に直接的ではあります」
ピコまで微妙なフォロー。
ユカは皿の上の芋を見つめた。
ロモ・サルタードにも芋。
パパ・ア・ラ・ワンカイナも芋。
そして隣には、ご飯。
「……芋たちの圧がすごい」
「圧て」
チカが吹き出した。
そんな三人を横目に、
レンはキヌアスープを口へ運ぶ。
「……これ、うまいな」
「キヌアは昔っから食べられとる穀物や」
アマルの説明に、
ユカもスープを飲む。
「へぇ〜」
小さな粒をスプーンですくい、
じっと見つめた。
「未来食っぽい見た目なのに、
古代からいるんだ……」
キヌアを睨む。
「こいつ、侮れないな」
「なんで敵みたいに見てるんだよ」
「ほんまユカちゃん、
食べ物への距離感おかしいな」
そして次。
ユカはアンティクーチョを手に取り、
豪快にかぶりついた。
炭火の香ばしさ。
噛むほどに広がる、
濃厚な旨味。
「うわっ!!」
さらに一口。
「これ、めっちゃ美味しい!!」
その言葉を待っていたかのように、
チカがニヤリとする。
「それな」
嫌な予感がした。
「牛の心臓やで」
ユカの動きが止まった。
口には串。
目だけが、
ゆっくりチカへ向く。
「……へ?」
串を見る。
肉を見る。
もう一度、チカを見る。
「……し、心臓?」
「せや」
チカが楽しそうに頷く。
「ユカちゃん、
内臓とかダメなクチか?」
「先に言って!?」
「食べた後なら別にいいだろ」
「味覚はすでに満足済みです」
ユカはアンティクーチョを見つめた。
数秒考える。
そして――
もう一口。
もぐもぐ。
「……まっ、おいしいからいっか」
「いいんかーーい!!」
チカが盛大にずっこけた。
ガタンッ!!
椅子ごと倒れそうになり、
慌ててテーブルへしがみつく。
ピコの目が光る。
「おお……本場のずっこけです」
「感心するところじゃないだろ」
アマルは満足そうに頷いた。
「ユカちゃん、
だいぶパチャママに馴染んできたな」
「基準そこ!?」
食卓に笑い声が広がる。
窓の向こうでは、
無数の星が瞬いていた。
そしてテーブルの上では――
まだ大量の芋たちが、
無言の圧を放ち続けていた。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
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