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第19話①「そして炎曜日」

そして迎えた、炎曜日の朝。


通勤前。


ユカは自室で制服に袖を通し、

胸元のIDタグを指先で整えた。


《三級データ修復士》


鏡の中の自分を見て、

ぎゅっと拳を握る。


「今日は……ついに初給料日!」


声が自然と弾む。


しかも。


「それに……カイが帰ってくる日!」


期待。


緊張。


ちょっとだけ照れくさい気持ち。


いろいろ混ざって、

ユカは深呼吸した。


横でピコが尋ねる。


「カイへのプレゼント、

もう決まりましたか?」


「うっ……」


ユカの表情が固まった。


「まだ!」


「やはり」


「今日決めるの!」


勢いよく振り返る。


「帰りに新しくできた

ショッピングモール寄って、

絶対、今日中に決める!」


ピコがじっと見る。


「その“絶対”が、

フラグにならないといいんですが……」


「やめて!」


ユカが両手を振る。


「朝から縁起でもないこと

言わないでよ!」


***


出社後。


仕事は驚くほど順調だった。


先週までなら止まっていた作業も、

今は必要なところだけ確認しながら

次々と処理できる。


――これなら今日は、

ちゃんと定時で帰れる。


そう思った矢先。


ピコン。


端末が震えた。


発信者――サクラ。


「……嫌な予感」


通話を開く。


『ユカ、急ぎの依頼が入ったわ』


「えっ。

どんな案件ですか?」


『アストラ・シティ内の

STKコンサルでデータ異常』


サクラの声は、

いつもより少し硬い。


『現地確認と初動対応、お願い』


「…………」


ユカは天井を見上げた。


「今日に限って……」


「ユカ?」


「それ、

残業フラグじゃ……」


ピコが励ます。


「現在のユカなら、

定時内解決も十分可能かと」


ユカの目に、

闘志が戻った。


「……だよね!」


カバンを肩にかける。


「今日は絶対、

ショッピングモール寄るんだから!」


仕事モード。


起動。


***


昼前。


ビル街の一角にそびえる、

《STKコンサル》。


全面ガラス張りの建物は、

いかにも“クリーンな企業”という外観だった。


受付では、

AIアシスタントが笑顔で応対する。


しかし。


「……なんか、ぎこちない」


動作が、

ほんのわずかに遅れている。


ユカは端末を接続した。


「解析開始」


「ログに違和感があります」


ピコがデータを展開する。


「暗号化が……

多重構造です」


「コンサル会社にしては、

守りが固すぎない?」


さらに深く潜る。


すると。


画面の奥から、

黒く歪んだデータの塊が浮かび上がった。


ユカの表情が変わる。


「……これ」


「闇データですね」


ピコの声も低くなる。


「違法データの痕跡です。

即時封鎖案件に該当します」


そして。


「ユカ。

アランさんか警察へ――」


「ストップ」


ユカは画面から目を離さない。


「三級データ修復士には、

《初動調査》の裁量権があるんだよね?」


「あります」


ピコが即答する。


「ただし、

それは“慎重に使うやつ”です」


ようやくユカが振り返る。


にっ。


「それにさ」


肩をぐるぐる回す。


「たまには現場で動かないと、

頭ばっかり固まるし」


「動機が完全に

フィットネス感覚です」


「えー?」


ユカは不満そうに頬を膨らませる。


「週末にレンも言ってたよ?」


胸を張る。


「“考えすぎるのはよくない。

体を動かせ”って」


「文脈を都合よく

切り取らないでください」


「解釈の自由ってやつだよ」


「違います。

それは責任放棄です」


正論を横から浴びながら、

ユカは端末を軽く弾く。


「よし、ログ展開」


画面が大きく広がる。


「まずは侵入経路チェックから!」


声に迷いはない。


「ほんと、

ちょっとだけだから」


「……」


「ぱぱっと終わらせるし」


ピコが沈黙する。


「なによ?」


「その“ちょっとだけ”が、

ユカの場合、

一番信用できません」


「大丈夫、大丈夫」


鼻歌まじりに、

データリンクへアクセスする。


「ちゃんと

“安全第一”でやるから」


ひらひらと手を振る。


ピコはため息をついた。


「その言葉、

現場で一番信用できないやつです」


***


社内の仮想ネットワーク層。


そこに残されていたのは――


顧客データの改ざん。


個人情報の抜き取り。


そして。


裏で行われていた、

違法データ売買の記録だった。


「……やっぱりクロ」


「これは、

かなりやばいやつですね」


「証拠、全部押さえて」


「録画開始――」


ピコの声が跳ね上がる。


「ユカ!

誰か来ます!」


振り返る。


複数の社員。


その手には、

データブレード。


「小娘だから、

ちょろいと思っていたが……」


「なによ、小娘って!」


ユカの眉が跳ねる。


先頭の男が、

ブレードを構えた。


「見たな。

修復士風情が」


「生体データ異常!」


ピコが警告する。


「彼ら、

普通の社員ではありません!」


ユカが男たちを睨む。


黒いノイズ。


乱れた瞳孔。


歪んだデータ反応。


「……闇データ侵食」


指輪へ手を伸ばす。


「シン統治教の

過激派残党ね」


次の瞬間。


男たちが一斉に襲いかかった。


***


ユカは一歩前へ。


指輪を掲げる。


「リアライズ……!」


淡い光が広がる。


「展開――」


空間が反転する。


壁。


床。


天井。


ビル内部が、

無数の光路が交差する迷宮へ変貌した。


「仮想層フィールド!」


過激派たちが動揺する。


「な、なんだ……!?」


ユカは腕を伸ばす。


「――パラレル・アーカイブ」


月光の輪が、

背後に浮かぶ。


半透明の弓が形を取り、

弦の上に冷たい三日月が宿った。


「《アルテミス・ムーンレイス》」


敵は複数。


正面から撃ち合う必要はない。


「各個撃破で削る」


「どうやって?」


「死角からの跳弾」


ユカが弓を引く。


「ピコ、

位置情報をリアルタイムでお願い」


「了解!」


「それに……」


「はい?」


ユカの眉間に、

少しだけしわが寄った。


「私のこと、

小娘扱いして……!」


拳を握る。


「目にもの見せてやるっつーの!」


「ユカ」


ピコが呆れる。


「根に持ってるんですね……」


「うるさい!」


弦を放つ。


光の矢が走った。


壁。


柱。


天井。


反射するたび、

矢は複数の光弾へ変わる。


四方八方から、

敵へ襲いかかった。


「右三メートル!

背後に一!」


「把握!」


光弾が命中。


一人。


さらに一人。


次々と床へ崩れ落ちる。


「ど、どこだ……!」


最後の男が、

壁際へ追い込まれた。


その背後。


ユカが立つ。


「――チェックメイト」


光が走る。


男はそのまま気を失い、

床へ倒れた。


「制圧完了」


ピコが周囲を確認する。


「……見事でした」


「でしょ?」


ユカは弓を消し、

満足そうに腰へ手を当てる。


「さっ、

後処理終わらせて――」


そして。


「定時で帰るよ!」


初給料日。


そして。


大切な人へのプレゼント。


今日だけは、

絶対に守りたい。


***


拘束された過激派たち。


ピコがホログラム通信を終える。


「警察への通報、

完了しました」


「到着まで約三分です」


「ふぅ……」


ユカは肩の力を抜く。


時計を見る。


「これなら……

ショッピングモール、

間に合うよね?」


「はい」


ピコが頷く。


「任務達成」


「うん」


「定時帰宅」


「うんうん」


「初給料日」


ユカの顔が輝く。


「理想的な炎曜日です」


「よーし!」


その瞬間だった。


仮想層フィールド上空。


まだ完全に消えきっていなかった

光の壁が――


ギシッ。


不吉な音を立てた。


「……あ」


ピコが上を見る。


ガタガタガタガタ――


「え?」


ユカも見上げる。


ドーン!!


「ぎゃっ――!!」


鈍い衝撃。


視界が、

真っ白に弾ける。


落下していくユカを見て、

ピコが絶叫した。


「ええーっ!?


なんで最後に

ドジ落ちーっ!?」



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。

https://ncode.syosetu.com/n8279mq/


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