第2話③「できる限り」
サザン・シティの一角。
崩れたビルと復興途中の商店が入り混じる通りに、やたらと目立つ巨大な看板があった。
《RAMEN JIROU 二郎系∞》
店の中からは、濃いスープとニンニクの香りが漂っている。
「おぉ、ユカじゃねえか! ピコも元気そうだな!」
店の奥から、がっしりした男が笑顔で出てきた。
ジロウ。
カイに引き取られる前、幼いユカの面倒を見てくれていた三人組の一人。
かつてはユカを育てるため、リサやトモと一緒に危ない仕事へ手を出したこともある。
今では完全に足を洗い、念願だったラーメン屋を経営している。
リサとトモも、それぞれデータ関連の会社を立ち上げたらしい。
「ジロウさん、お久しぶりです!」
ユカも笑顔になる。
「おう。とりあえず座れ座れ」
促され、カウンター席に腰を下ろす。
ピコも隣へ。
「それで? わざわざこんなとこまで、どうした?」
「カイを探してて……」
ユカの表情が少し曇る。
「サザン・シティで見かけた人がいるって聞いたんです」
「カイ?」
ジロウが腕を組む。
「いやぁ、俺は見てねぇな」
「そうですか……」
「まあ、あいつならどっかでまた妙なこと考えてんだろうよ」
「でも、一週間も連絡がなくて……」
「一週間か」
ジロウの顔から笑みが少し消える。
けれど、すぐに厨房を指さした。
「それより、まずは注文だ。話は食いながらでもできるってもんだ」
「えっ、今?」
「今だ」
ユカは思わず笑った。
「じゃあ――」
そのとき。
バンッ!
店のドアが勢いよく開いた。
息を切らした男性が立っている。
「こ、ここに……データ治療士がいるって聞いたんですが!」
「治療士?」
ジロウが眉をひそめる。
「ユカはデータ修復士だぞ?」
男性の視線がユカへ向く。
ピコが説明した。
「さっき、ユカが指輪の力でデータシンドロームの患者を治療したんです」
「え?」
ジロウがユカを見る。
ユカは立ち上がった。
「どうしたんですか?」
「外に……来てください!」
店を出る。
そこで、ユカは足を止めた。
「……え」
店の前。
道に沿って、人が並んでいた。
一人。
二人。
十人。
もっといる。
腕にコード状の痣が浮かんだ人。
杖をつく老人。
子どもの手を握る母親。
皆が、ユカを見ていた。
助けを求める目で。
「お願いします……」
「助けてください」
「もう何日も苦しんでるんです」
「病院じゃ、すぐには診てもらえなくて……」
声が重なる。
ユカは動けなかった。
さっき、たった一人を治療しただけだ。
それがもう、広まっている。
「ユカ……」
ピコが小さく声をかける。
「さっきの治療だけでも、かなり消耗しています」
ユカにも分かっていた。
まだ身体の奥に、重さが残っている。
それでも――
目の前には、苦しんでいる人たちがいる。
カイのメモが頭をよぎる。
《善とは?》
ユカは拳を握った。
「……やります」
「ユカ!」
「私にできる限り」
一人目。
指輪をかざす。
金色の光。
患者の身体から侵食データが抜けていく。
二人目。
三人目。
四人目。
「次の人!」
ユカは笑顔を作る。
けれど、指輪の光は少しずつ弱くなっていった。
「ユカ」
ピコの声が強くなる。
「生体エネルギーが低下しています。もうこれ以上は危険です!」
「まだ大丈夫」
「大丈夫ではありません!」
ジロウも腕をつかむ。
「もうやめろ。無理すんな」
「でも……」
列を見る。
まだ何人も待っている。
「ここでやめたら、あの人たちは?」
「ユカ」
「あと少しだけ」
指輪を握る。
手が震えていた。
視界の端がぼやける。
呼吸も浅い。
胸の鼓動だけが、やけに大きく聞こえる。
「ユカ、やめてください!」
「大丈夫……」
自分に言い聞かせるように笑う。
「あと、一人だけ……」
次の患者の前へ進む。
左手をかざす。
指輪が、弱々しく光った。
「リアライズ……」
その瞬間。
世界が傾いた。
「……あれ?」
足に力が入らない。
身体がふらりと揺れる。
「ユカッ!」
ピコの声。
駆け寄るジロウ。
誰かの叫び声。
全部が遠ざかっていく。
最後に見えたのは――
光を失いかけた指輪だった。
そして。
視界が、暗転した。
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/
※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




