第2話④「Lose-Win」
どのくらい眠っていたのだろう。
「……んっ」
重いまぶたを開く。
ぼんやりした視界の中に、二つの顔があった。
「ユカ!」
ピコが身を乗り出す。
「よかったです! 目を覚ましました!」
「ピコ……?」
その隣には、腕を組んだジロウ。
いつもの豪快な顔ではない。
明らかに怒っている。
「私……治療してて、それから……」
「倒れたんですよ」
ピコが答える。
「そのままずっと気を失っていたんです」
「そっか……」
ユカは周囲を見回した。
見覚えのない居間。
どうやら、ジロウの店の二階にある居住スペースらしい。
自分はソファに寝かされていた。
ゆっくり身体を起こす。
まだ少しだるい。
でも、体力はかなり戻っている。
「ごめんなさい。迷惑かけちゃって――」
「バカヤロウ!!」
「ひゃっ!?」
ジロウの怒鳴り声に、ユカの肩が跳ねた。
「なんであんな無茶した!」
「……」
「ピコも俺も止めただろうが!」
「……うん」
ユカは視線を落とす。
言い返せない。
頭に浮かんだのは、カイが残したメモだった。
《善とは? 正義とは?》
ユカは膝の上で両手を握る。
「……善いことをしたかっただけ」
ジロウの眉が動いた。
「苦しんでる人がいて、私に助けられるかもしれなくて……」
「だから自分がぶっ倒れるまでやったのか?」
「……」
「違ぇよ」
ジロウは、きっぱりと言った。
「お前のそれは――Lose-Winだ」
「……Lose-Win?」
聞き慣れない言葉に、ユカが顔を上げる。
ピコが説明する。
「簡単に言えば、自分のことを後回しにして、相手だけを優先する状態です」
「相手を助けるなら、悪いことじゃないんじゃ……?」
「場合によります」
ピコの声が少し厳しくなる。
「今回のように、相手は助かってもユカ自身が壊れてしまうなら、長くは続けられません」
ジロウが腕を組む。
「人を助けても、自分が潰れちまったら意味ねぇんだよ」
「でも……」
「一人助けて、お前が倒れる。そしたら次の十人は誰が助ける?」
「……」
ユカは何も答えられなかった。
「自分を削り続けることが“善”だと思うな」
ジロウはユカをまっすぐ見る。
「続けられねぇ善は、悪より怖ぇことだってある」
その言葉が胸に刺さった。
ピコもうなずく。
「ジロウさんの言う通りです」
「今のユカの善は――」
少し考えてから、
「サステナブルではありません」
「急に横文字増えた……」
思わずユカがつぶやく。
「重要なことです」
「うん。ピコの言うこと、わかるよ……」
ユカは小さくうなずいた。
誰かを助けたい。
その気持ちは間違っていないと思う。
でも。
そのために自分が壊れてしまったら――。
本当に、それは“善いこと”なのだろうか。
まだ答えは出ない。
けれど少なくとも、
(これじゃ、ダメなんだ……)
今までの自分のやり方が正解ではなかったことだけは分かった。
そんなユカを見て、ジロウが立ち上がった。
「まあ、説教はここまでだ」
「え?」
「腹減ってんだろ」
そのままキッチンへ消える。
しばらくして――
湯気を立てる巨大などんぶりを持って戻ってきた。
「ほら」
ドンッ!
テーブルに置く。
ニンニク。
山盛り。
極太麺。
分厚い肉。
見るからに重い。
「疲れたときは、まず食え!」
ピコがどんぶりを見る。
そしてジロウを見る。
「ジロウさん」
「あ?」
「目が覚めたばかりの人に、ニンニクマシマシはさすがに重すぎるのでは?」
「えっ?」
ジロウが本気で首を傾げる。
「そうか?」
「そうです」
「あっ、大丈夫!」
ユカが身体を起こした。
「私、すっごいお腹空いてるから!」
「ユカまで!?」
どんぶりを両手で受け取る。
「いただきます!」
箸を入れる。
麺を持ち上げ――
ずずずずっ!
豪快に啜った。
「……おいしい」
顔がほころぶ。
もう一口。
さらに一口。
「うまっ!」
ピコが電子音を漏らす。
「やれやれ……回復率120%ですね」
「でしょ?」
「数値としてはあり得ませんけどね」
ジロウは満足そうに腕を組んだ。
「食えるなら大丈夫だな!」
「その判断基準もどうかと思いますが……」
***
それから数日。
ユカはサザン・シティに滞在することになった。
無理をしない。
一度に治療する人数を決める。
少しでも体調がおかしければ休む。
ピコが生体エネルギーとデータの安定度を監視し、ジロウが食事で体力を支える。
「はい、今日はここまでです」
「えー、まだいけるよ?」
「ダメです」
「あと一人だけ!」
「その台詞は禁止です」
「ちぇっ。わかったよ」
そう言いながらも、ユカは以前のように無理をしなくなった。
指輪の扱いにも少しずつ慣れていく。
激しく光らせるのではなく。
必要な分だけ。
相手の状態を見ながら。
穏やかに。
患者の表情が和らぐたびに、ユカの中にも小さな自信が積み重なっていった。
そして、ふと思う。
(誰かを助けることと、自分を犠牲にすることは違う)
助ける側だけが傷つくのでもない。
助けられる側だけが得をするのでもない。
(その間に――)
ユカは、治療を終えた患者と笑顔を交わした。
(“共に立つ道”が、あるんだ)
※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。
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※シリーズ第一弾『フラグメンツ・オブ・トゥルース〜最後の投擲』はこちら。
https://ncode.syosetu.com/n8279mq/




